第10話 「夏休み」頭の皮が剥ける・笑。



夏休み。


夏休みとはいえ、毎日、陸上部の練習があった。勿論、田舎なんで、お盆休みはあったけど・・・・


ボクは、毎日、狂ったように走っていた。

もう、この頃になると、練習にも慣れてきて「全てを全速力で!」そして「最後に練習をあがる!」ってのも苦にならなくなっていた。



・・・・・それでも、夏の炎天下での練習はしんどい。



何度も、倒れこんで吐きそうになる。・・・ボクだけやなかった。

それでも意地で・・・・そう・・・意地以外の何ものでもない。自分に対しての意地。自分が自分に対して決めたことへの意地。


だから・・・・絶対に最後に練習を上がる!これだけは絶対に譲れない。



練習では、最後に残ってくるメンバーは決まっていた。

100m競技の宮元。200m競技の村木。跳躍競技の富岡。そしてボク。


宮元も、村木も、そして、富岡も、市内ではトップクラスの選手やった。こいつらが、いつも、最後まで練習をやってる。終わらない・笑。



「おまえらは、早く上がれぇ~~・・・・・」


毎日、毎日、毎日・・・・心の中で叫びながら走った・笑。

・・・・まぁ、多少の余裕も出てきたってことだよな。


んとに、そう心で叫びながら村木の背中を追った。


相変わらず、全てを全速力で走った。


彼らは、もう十分に実力がある選手や。今さらハードな練習しなくてもいいだろうって選手や。

・・・に、ひきかえ・・・・ボクは、あいかわらず、どうにもならない部員で・・・・・別に、彼らに勝ちたい・・・勝とう・・・んな思いはない。

ボクが最後まで彼らの練習につきあっているのは、自分との戦いだけや。


じっさい、村木だけじゃなく、彼らと並んで走れば、ボクは100mで3mくらい置いていかれた。

・・・・それでも走った。昨日の自分に負けないためにや。


でも・・・・それより何より、部活動ができるって自由が大きかった。

抑圧された生活から解放された・・・身体を使って大騒ぎできる開放感がうれしかった。


・・・・・だから、部活動の苦しさってやつを感じたことがなかった。


どれだけ村木に格の違いをみせられても・・・・

どれだけ宮元に素質の違いを見せられても・・・・

どれだけ富岡に才能の違いを見せられても・・・・

吐きそうになって倒れこんでも・・・・


それでも、陸上が好きやった。

納得するまで練習をする、陸上部員が好きやった。




スタート練習。


4コースあって、スタートブロックという足を乗せる器具が設置されている。

ピストルの合図とともにスタートする。

1年生も「腕振り」の基礎練習期間が終わっていた。

スタート練習に参加するようになってた。



「カズさん、見てください・・・・」

後輩が声をかけてきた。


「なんだよ?」


「これ・・・ここです・・・・」


後輩が頭を指差す。


・・・・・・見ると、頭の皮が剥けた・・・・


・・・・・はぁ・・???・・・・はぁぁぁあ・・・?



田舎の中学校は坊主頭だ。それも、髪の毛5mmってな、ホンっとの坊主頭や。

その坊主頭で夏の炎天下、練習を行なってきた・・・・・・・で、頭の皮が剥けた・笑。


・・・・そう、海水浴なんかで、日焼けで皮が剥ける。あれだ。あれが、頭の皮膚でおこってる。


・・・・・頭の皮が脱皮した。


よく見ると、「髪の毛」のぶん・・・毛根のぶんだけ「穴」が開いてる・笑。


剥けた皮に「髪の毛」の跡・・・・点点点点点・・・・と穴が開いてる・笑。


大笑いした。爆笑した。・・・・んとにみんなで大爆笑した。



「カズ」と呼ばれた。

「カズさん」と後輩に呼ばれた。



・・・・・こうして、夏休みが過ぎていった。



新学期が始まる。


放課後になり、それぞれの教室から陸上部員が集まってくる。

時間がきて、3年生の土田キャプテンの声で練習が始まる。


ウォーミングアップとしてジョギング・・・ゆっくりと、ゆっくりと身体を温めていく。


柔軟体操、掛け声は1年生の担当や。


身体の各部をチェックしながら、100mを3本走る。まだ速さは必要としない。あくまでも、身体との対話の時。故障個所はないか、どこにも不具合はないか、徐々に速さを上げていく・・・・・


最後の総点検、ウォーミングアップの仕上として150mを3本。



一呼吸置いてスタート練習。

スタートブロックを地面に固定する。


陸上競技では、短距離走である100m、200m、400mはクラウチングスタートと呼ばれるスタートだ。


「位置について!」


「よーい!」


腰を上げる。


ピストルの号砲!


・・・あのスタート方法や。

その時に、足が滑らないように固定するのがスタートブロックと呼ばれる器具だ。

金属で出来ていて、動かないように、直径1cmほどの金属の杭を地面に打って固定する。


右足、左足を乗せる部分は可動式で・・・・さらには、足を乗せる部分の角度も調節できる。自分の好み・・・・自分のスタイルに合わせた位置に固定していく。


このセッティングが短距離競技では「キモ」になってくる。


陸上部の練習場はコース幅が4コースになっていて、だからスタートブロックが4個、設置される。その4箇所のコースを使って順次スタートの練習が行われる。

それぞれが、セッティングを試すといった練習を行う。


スタートの型・・・・張り出す腕の広さ・・・・広くすれば広くするほど頭が沈み込む、低くスタートすることになる。低くすればするほど、地面と水平にスタートを切ることができる。空気抵抗を受けずに走れる。スタートブロックをロケットの発射台のように使い「ロケットスタート」と呼ばれる。

・・・ただし、低くすればするほど、起き上がっていくとき・・・・いずれは普通のフォームに戻さなきゃなんない・・・・その時の背筋の強さが要求される。


自分の理想のスタート姿勢を作り上げてくため・・・・一番速く走れる姿勢を見つけるために・・・・上げる腰の高さ、前傾の角度を調整していく・・・その練習や。



・・・・・しばらくすると、スターター役が・・・・大抵は故障などで、その日の練習の見学者が行なう・・・・・ピストルを持ってスタート位置に立つ。

ピストルに合わせたスタートの練習が始まる。



スタート練習は、

スタートの形、スタイル、姿勢を決める練習。

もういっこは、ピストルの音に対しての反射神経を研ぎ澄ます練習や。



100m走は、10秒で勝負が決まる競技や。


0. 1秒を争う競技や。


じっさいの「走り」・・・・物理的な速さで 0.1秒を縮めていくのは至難の業や。

もう限界ギリギリ・・・・絞ったタオルを、さらに絞るようにしてタイムを縮めていく。


0. 1秒が縮まらない。


100mでは、・・・・200m、400m・・・短距離走では、物理的な「走り」と、もうひとつ、タイムを縮めるポイントがある。


それが「スタート」や。


スタートは、ピストルの号砲と共に走り出す。

号砲が鳴ってから走り出すんじゃない。鳴ったのを聞いてから走り出すんじゃない。

号砲と同時、シンクロさせて走り出す。


号砲が鳴ってから走り出せば、すでにロスだ。・・・・・0.05秒・・・0.1秒のロスだ。


縮める。

その  0.05秒・・・0.1秒を縮める。


練習は、ピストルの号砲と同時にスタートすることだ。


・・・・・考えることは、スターターの呼吸とのシンクロ。・・・・スターターは人間や。その人間との呼吸をシンクロさせていく。

スターターの呼吸・・・・スターターの体内時計と自分の体内時計をシンクロさせていく。

そんな人間離れした練習が、スタート練習や。



・・・・スターターと呼吸がシンクロできなければ・・・・遅れれば、0.05秒、0.1秒のタイムロスや。


・・・・そして、早ければ


「ファール!!」


失格となる。




スターターがピストルを持って立った。



「位置について!」


「お願いします!」

一礼して、身体をスタートブロックにセットする。


「よーい!」

腰を上げる。


ピストルの号砲!

走り出す。


このスタート練習までが、基本練習や。

・・・・その全てが速さを競うものやない。

どの練習も、決して速さを競うものやない。


・・・・でも、ボクは、この全てに全速力を自分に課していた。



ボクの身体は変わっていた。


自分の一等賞を目指す。


巣くった「ヘドロ」が浄化されて消えていった。



毎日、毎日、毎日、村木の背中を追って走り続けた。


筋肉が鍛えられていく・・・・

眠っていた筋肉が・・・・眠っていたバネが鍛えられていったんや。


・・・・眠っていたものが覚醒していった・・・



そうして、半年が過ぎた。



その時がやってくる。


それは、突然の出来事やった。



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