第8話 「嘘つきと虐められた」どーゆー意味?



・・・・部活が終わった。


今日も、全てを全速力で走り切った。・・・そして、ボクのラストで部活が終わった。



部室で着替える。・・・・教室に戻る・・・・


同じクラスの野田も、本木も先に帰っていた。


教室には誰もいない。


・・・・カバンに教科書を片付けて・・・・小さなトラッキーがぶら下がっている・・・

窓からジャンボジェットが見えた。


窓に近づく。

悠々と空に浮かぶように飛んでいる。

なんだか久しぶりに見たような気がする。


・・・・そういえば、ジャンボを見なくなっていた。

ジャンボに気づかなくなっていた・・・・



「どう?陸上部は?」


・・・え?


振り返ると 高原 舞 が笑っていた。ショートカット。長いまつ毛、大きな瞳・・・・どこか、見下ろされてるような・・・鼻で笑われてるような感じや。


「ぜんぜんダメ・・・1年でも・・・速いヤツ・・・おる・・・」


高原も部活終わりってことか。


「まぁ、陸上部だからねぇ・・・みんな速いんだろうねぇ・・・・」


うんうんと頷いた。・・・・頷くしかできない・・・もどかしい・・・



・・・・うまく喋れなくなっていた。

言葉が出なくなっていた。



・・・・去年・・・中学1年の途中で、この街にやってきた。


大阪・・・大都会から、この田舎街にやってきた。


異星人やった。

ボクは、違う星から来た異星人やった。


県庁所在地でもない街や。・・・・転校生自体がいない。・・・周りは、どう対処していいのかわからないって感じやった。

同じ大阪府内で転校したときには、すぐに友達ができた。・・・・友達になれた。


・・・・ここでは、そうはいかなかった。


一番大きかったのは「言葉」の問題や。


言葉が通じない。

生徒たちが何を言ってるのかわからない・・・・

授業がわからなくなった・・・・教科書が全く違った・・・・何より、先生の言葉が聞き取れなかったからや。

学校の先生だ・・・・注意して「標準語」に近い言葉を喋っているんだとは思う・・・・それでも、ボクには理解できないときがあった。

それに、同じ単語でも、地域が違えば意味が違ったりする。・・・・困ることばっかりやった。


・・・転校生の多い地域なら「慣れ」のようなものがあるんやと思う。でも、ここでは「配慮」とか・・・・そういうものがなかった。


学校は苦痛でしかなかった。

・・・・そして、学校から帰れば、弟を幼稚園に迎えに行く毎日・・・


大好きな・・・・唯一の楽しみといっていいプラモデルを造るにも、売ってる店がなかった。模型専門店がない。・・・・幼児用も扱う「オモチャ屋」しかない。

欲しい、最新のプラモデルがなかった。


阪神タイガース・・・・野球中継も観れなかった。・・・巨人戦しかやってない。

・・・それすらも、早く終わってしまう。


「一部の地域を除いて、野球中継を、このまま続けます・・・・」


よくナイター中継で聞く言葉や。

大阪にいた時には気にもとめなかった言葉や。

・・・・その、一部の地域がここやった。

野球中継が9時には終わった。・・・・終了まで観られることがない。


テレビのチャンネルが少なかった。

4Chしかない。そのうちの2ChはNHKや。民放は2Chしかない。



夕方・・・・テレビアニメを見ていた・・・・最初「再放送」やと思った。

ずいぶん昔に流行ったアニメやったからや。・・・・小学生の時に見たアニメやった。


・・・・とっころが「再放送」やなかった・・・・遅れてるんやった。


ボクは、学校で何の気なしに、そのアニメの先の話をした・・・・周りから不思議な生き物を見る目を向けられた。


「めっちゃ、むかしのアニメなんやで」


・・・・誰も信じてくれなかった。


人間は、自分の生きてる世界しか信じない。

自分が「普通」だと思っている。・・・・世の中には、いろんな「普通」があるんだとわからない。

生まれて、育ってきた環境を「普通」だと思う。

世の中には、違う世界が存在するんだと理解ができない。


・・・・ケンタッキーがなかった。


「そんな、鶏のから揚げだけ売ってる店なんか、あるわけない」


みんなが笑った。


・・・・コンビニがない。


「24時間やってる店なんか誰が買いに来るの?そんなのあるわけない」


ファミレスもない。マクドもない・・・・



「そんなのあるわけない」


「そんなのあるわけない」


「そんなのあるわけない」


「そんなのあるわけない」



・・・・いつの間にか、ボクは「嘘つき」にされてしまった。



そして、決定的やったのが「関西弁」や。

どこか変な言葉・・・・「関西弁」を笑われた。


都会では、メッチャバカにされる、メッチャ笑いものにされる、テレビで「田舎モン」と揶揄される、田舎言葉の生徒たちに笑われた。


・・・・そして「嘘つき」は虐めの対象になった。


・・・・ボクは喋れなくなった。

「関西弁」を喋ったらアカン・・・・笑われるからや。

何かを喋ろうと思えば・・・・頭の中で「標準語」に変換して喋った・・・・この土地の言葉は喋れない・・・わからない・・・・変換ができない・・・

「標準語」も喋ったことがない。・・・だから、よけいに変な言葉になった・・・・だから、何か喋れば笑われた。


喋れなくなった。・・・・どもるようになった。・・・・それで、さらに笑われた・・・・


・・・・そして「嘘つき」と虐められた。



・・・・全てが遅れていた。

少年ジャンプすら、発売日が遅れてる。

・・・・もちろん、誰も、遅れてるとは思わない・・・・ここでは、これが「普通」なんや。


音楽・・・・ファッション・・・・全てが遅れてた・・・・


苛立った。

言葉に・・・・トロイ人の動きに・・・・古臭い建物に・・・・寒い冬の雪に・・・・全てに、全てに・・・・見えるもの全てに苛ついた。


腹の中に「ヘドロ」が溜まっていった・・・・沈殿していった。


虐められた。


・・・・爆発しそうやった。

叫び声を上げて全てを壊してしまいそうやった。


うぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!!


暴れまわって、全てを破壊したい衝動に駆られた。


掻き回さないように・・・「ヘドロ」を掻き回さないように・・・静かに過ごしていった。

目立たないように・・・・目立たないように「透明人間」として過ごしていった。




高原が笑っている。

・・・言葉が出ない・・・喋れない・・・・目がジャンボを追った。


「水上って、いっつも飛行機見てるよね」


また、鼻で笑われた。

・・・・え?ホンマに・・・?・・・・バレてんのか・・・・いや・・・どーしても飛んでたら気になるやん・・・・


・・・と、口からは出てこない。・・・・喋れない。・・・・スムーズに言葉が出ない・・・・

困ったような・・・ヘラヘラとした情けない半笑いになってしまう・・・



「まぁ、わかるけどね・・・・・」


悪戯を咎めるような笑顔だ。・・・・わかってるんだぞって笑顔や。

どこか、遊ばれてる感じがした。

気まぐれで子犬をからかってる・・・そんな感じや。


高原の視線・・・・ボクのカバンのトラッキーを見ている気がした。


・・・・何か言わなきゃ・・・何か・・・何か・・・


「高原さーん」


入口から声がした。

高原に仕えてる下女のひとりだ。・・・一緒に帰るのを迎えにきたらしい。


「水上、じゃーねーー」


女王の笑顔で言った。

カバンを持って高原が出て行った。


教室に、ひとり取り残された・・・・



「まぁ、わかるけどね・・・・」


高原の言葉をオウム返しで言ってみる。


・・・・なんや・・・・?・・・どういう意味やねん・・・・?









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