第7話 「花を持たされる」才能なき伝統。
走っていた。
ウォーミングアップの100mを走っていた。
全てを全速力で走りつづけた。
アップでは、100m、150mを70%程度の力で走る。
走りながら、身体の各部のチェック。そして、フォームのチェックをおこなっていく。
1人、1人が順次走るので、長い一列のようになって走ることになる。
ボクは、意図的に、部内で一番速い、同じ2年生の村木の後ろに入った。
今までは、ボクは新入部員なので、1年生の次、2年生の一番前といった順番やった。・・・・1年生で1番速い河本の後ろを走っていた。
入部して2ヵ月弱が経った。
最初追い付けなかった、河本の70%に追い付けるようになっていた。・・・・1年生の河本の70%に、ボクが必死で走って、ようやく追いつけるようになったってことや。・・・・ボクの足が、どうしょうもなく遅いことに変わりはない。
・・・・それでも、このまま全速力で走れば、河本を追い抜いてしまわないとも限らない・・・・少なくとも目立ってしまう。全速力で走っているのがバレてしまう。・・・・それはマズイ。
その点、村木の後ろなら、ボクが全速力で走っても絶対に追いつけないはずや。
前を走る村木の背中を追っていた。
ウォーミングアップ150m、1本目。
ゴールライン。
村木の後ろで走り切る。
案の定や。
ボクが必死に・・・必死に全速力で走っても、村木の70%には全く追い付けなかった。
傍から見てても、ボクが必死に走ってるのはわからないはずや。
はぁはぁはぁ・・・・・・・・
さすがに息が切れる。・・・・・ウォーミングアップは、100mを3本。150mを3本走る。・・・・150m
の1本が終わった・・・メッチャ息が切れる・・・・立ち止ま・・・・・らない。・・・・立ち止まるもんか。息があがる・・・・それでも立ち止まって息を整えるわけにはいかない・・・・・・あくまでアップなんだから、アップで息が切れるはずがない。・・・・・平静を装って立ち止まらずに歩く。鼻から吸って口から吐く・・・目一杯の深呼吸をしながらスタートラインに戻っていく。
村木の後ろについてスタートラインに戻った。
すぐに村木が走り出す。
弾かれたように後を追う。
・・・・追い付けない。村木の背中が遠くなる・・・
ボクの全速力なんざ、村木の70%にも届かない。
追いすがる。必死に追いすがる。
ゴールラインを駆け抜ける。
はぁはぁはぁ・・・・・
肩で息をする。それでも、平静を装って、わからないように思いっきり深呼吸する。
ウォーミングアップ走が終わった・・・全てを全速力で走り切った。
・・・・これまでは、ここから新入部員のメニュー・・・フォームの基礎練習をさせられた。腕振り練習やった。
でも、選手に選ばれたことで、新入部員扱いを解かれた。
2年生部員として扱われた。
スタート練習に入っていく。
スタート練習は、文字通りスタートの練習や。
練習の意味は、ピストルの音にあわせる反射神経を鍛えること。
そして、もうひとつ。
走り方の、ギアをチェンジする練習や。
車でも走り出せば、1速、2速、3速・・・・とシフトアップをしていく。それと同じだ。
スタートしてから通常の走りに入る50m程度までの間を、ギアを変えるように走りを変える。その練習や。
スタート練習も、走る速さは70%程度だ。・・・・あくまで反射神経、ギアの入れ方の練習だ。
・・・もちろん、スタート練習も、全てを全速力で駆け抜ける。
それでも、距離が短い分、体力的には楽なもんや。
ここまでが、毎日の基本練習。
ここから、いよいよ本日のメインメニューへと入っていく。
時田先生の前に整列する。
「100m10本!腰の高さに注意しろ。・・・どうしても後半は、バテててくると腰の高さが下がってくる。1歩1歩を大事にしろ。最後まで、腰の高さを一定、同じ高さで走りきれ!・・・・速さは90%でいい。あくまで腰の高さに重点をおけ!」
「はい!」
全員が返事をしてスタートラインへ向かった。
10本を走る間隔、インターバルはそれぞれに任される。10本を走り終わったヤツから順次あがっていい事になってる。
スタートラインに立った。
「おりゃ!」
ボクは1番手で走り出した。・・・・なんせ練習量を増やす必要がある。本数を増やす必要がある。一番最初に走り出し、一番最後に練習をあがるって決めたんや。
腰の高さに注意するのは勿論、全速力で走る。
90%で走るなんて贅沢は、部で一番遅いボクには許されない。100%で駆け抜ける。
100mのゴール地点を少し過ぎるとグラウンドと通学路との境、フェンスが張り回らされている。そこまで走りきる。
踵を返して歩いてスタートラインへもどる。・・・・その戻る時にも、腕の振り、腰の位置・・・・・全てに注意を向ける。・・・・・走る動作のスローモーションとして歩く。スタートラインにもどる。
歩くことは走ることのスローモーションや。フォームのチェックには一番いい。
ボクだけやない、みんながそうしてスタートラインにもどってくる。
皆、てきとーな場所で腰を下ろす。イインターバル休憩をとり、次に向かう。
・・・・しまった!おくれた・・・・・
2本目にとりかかったのは村木が一番やった。
ボクはインターバルを短めにして、皆より本数を多めにするつもりやった・・・・なのに、村木に先を越された。
慌てて、村木の次に2本目を走る・・・・・・
3本目・・・・
4本・・・
・・・・1本、1本の間隔を皆より短めにするつもりやった・・・・そして本数を多く走るつもりやった・・・でも、いつも村木に先を越された。
ボクの呼吸が整う前に村木が走り出した。
・・・もう早い段階で、腰の高さに気をつけるなんてな状態やなかった。
はぁはぁはぁはぁ・・・・息が切れる・・・・息があがる・・・・
走り切ったあとにも、呼吸が整わない。・・・インターバルの時間でも呼吸が荒いままや・・・
アップから全速力で走っていたボクには、もう限界がきていた。
・・・・それでも、走った。意地や。自分に対しての意地だけや。
ガシャン!
ゴールラインを駆け抜け、フェンスに体をぶつけるように100mを走りきった。
はぁはぁはぁはぁ・・・・・・・
ボクは、フェンスを掴んで上体を支えた。汗が落ちる。息を整える。
汗で目がかすむ。
・・・・・一体、何本走ったんや・・・・
自分への甘えを許さないために、本数は数えてない・・・・・・でも、まだ、10本にならないのか・・・誰もまだあがるヤツはいなかった・・・
走る・・・
村木の後ろを走る。村木の後姿に追いすがる。
100mを走る間、ほとんど呼吸をしない。
スタートラインは、野球部のライト後方だ。・・・・中間走はサッカー部・・・・
・・・・そして後半、ラストスパートはテニス部だ・・・・女子テニス部が練習している・・・・
ガシャン!
金網に絡まるようにして止まった。
はぁはぁはぁ・・・・・
走る間止まっていた呼吸が再開される。
はぁはぁはぁ・・・
汗が、足元に落ちる。
自分で描いた真っ赤なライン、その安物のシューズに汗が落ちた。
また1本走った。
もう、腰の高さなんかに注意はできない・・・・全速力・・・ただ、全速力・・・その時の目一杯の速さで走った。
そして走った。そして走った・・・そして走った・・・・
村木の背中を懸命に追った。
砂場の脇に腰かけてインターバルを、休憩をとった。
辛い・・・・苦しい・・・・身体が鉛のように重い・・・・このまま垂れてしまいそうや・・・・
はぁはぁはぁはぁ・・・・
息があがったままや・・・汗が落ちる・・・
視界にいた村木が立ち上がった。
瞬時に立ち上がる。
村木が立ち上がれば、何も考えずに・・・・村木の動きに条件反射として立ち上がった。
村木が走り出す・・・・追いすがる・・・・村木の背中に追いすがる・・・
・・・・もう10本は絶対走っている。
絶対に10本は走ってる・・・・・それでも、練習が終わる気配はない。
女子テニス部の脇を走り抜ける。
ガシャン!
さらに数本を走った。まだ、練習は終わらなかった。だれも10本を走り終えたヤツはいなかった。
膝に手をついて上体を支えた・・・
汗がシューズに落ちた・・・・
・・・・そっか・・・・そっか・・・・わかったぞ・・・・
・・・・ボクは悟った。・・・・そっか・・・・みんな同じこと考えてるんやな・・・・
そっか・・・これがこの陸上部の伝統なんやな・・・・これが強さの秘密なんやな・・・
「おまえらの中に素質のあるヤツはおらん」
時田先生の言葉。
その言葉を全員が噛み締めてたんだ。・・・・みんなが、自分には素質がないと・・・だから人一倍練習をしようと・・・努力をしようと・・・・そう思ってたんや・・・・「10本」と言われて、10本で終わるヤツなんか、一人もいないんだ・・・・なんてヤツらや・・・・
・・・・だったら、なおさらや。ボクは絶対に最後にあがってやる!ボクには1年間のブランクがあるんや。同じ練習をやってたんじゃ、絶対に追いつけへん!
やっと野田が上がった。
そして、一人があがり、二人あがり・・・・
ガシャン!
フェンスに絡まって止まった。フェンスにへばりついた。
・・・もう、走るフォームはメチャメチャや。吐き気がこみあげてくる・・・・全速力なんて、なんだそりゃ・・・もう、小学生にも勝てへんやろう・・・・足があがらない・・・それでも走っっていた。
村木がニヤニヤ笑っていた。
・・・・・富岡が苦笑している。出水も笑っていた。
ボクを見て、みんなが笑いをかみ殺したような顏をしてる・・・・
ボクは・・・それに反応することも出来なかった。・・・関西人の持ち味・・・ボケのひとつもカマせなかった・・・・
・・・・スタートラインに戻った。
短いインターバル。
村木が走り出す。
追いかけた。
村木の背中だけを見ていた。
足が絡まりそうやった・・・・
ガシャンとフェンスに張り付いた。叩きつけられたトマトのようにフェンスにへばりついた。
・・・・誰も何も言わなかった。
誰からも何も言われなかった・・・・・それでも、ボクに花を持たせることにしたんやろう・・・・この走り・・・この1本・・・・ボクのラストでその日の練習は終わった。
鉛の重さの身体。無言で部室に向かう。
誰も何も言わなかった。
・・・・ただ1日の練習が終わっただけや、いつもと変わりのない陸上部の1日・・・・
才能なき者たち・・・伝統の1日が終わっただけや・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます