第6話 「今日からボクは」壇上の女王。



体育館。

全校集会。

ガヤガヤとした喧噪。

クラスごとに整列している。・・・・その中にボクはいた。


壇上に校長先生がいた。



大会が終わった・・・・惨敗だった。・・・・ってか、問題外。


・・・・なのに、どうゆうわけか優勝した鷹見に対して


「絶対、負けたない」


そう思った。


鷹見は、ボクと同じ中学2年生やった。

100m、200mにも出場していて、そこでも表彰台に上がっていた。


・・・・要は、陸上の素質の塊って選手や。


「走り幅跳び」だけじゃなく、走ってる姿も見た。・・・フォームは決してキレイじゃない。

全てを、素質にまかせて暴れまわってるって感じだ。


癪に障った。

気に入らなかった。


なんの苦労もないように思った。


惨敗の放心状態から覚めたボクは、鷹見の跳躍、 鷹見の走りをを見ながら、出水と悪態の限りを尽くした・笑。



「お前には、絶対、負けたない」



・・・・でも・・・ほんなら、どうしたらええんや・・・・



全校集会は、この前の大会の表彰式やった。


壇上には、各部活動の表彰者が上がっている。

校長先生から、表彰状を受け取っている。


中学校は部活動が強かった。

北陸の田舎街や・・・・とはいえ、県内で2番目に大きな「市」に位置する。・・・ってことは、県内では「都会」になる・笑。

県内のひとたちは、ボクたちを「街の人」ってな言い方をする。・・・・ってことは、「村の人」って言い方もあるんだよな・笑。

他にも「山の人」ってのもある・笑。

冬になると熊が出たってなニュースが流れる・笑。


そんなことで、「街」の中学校は生徒数も多い。

人数が多ければ、部活も強くなる。



壇上に、陸上部の富岡がいた。走り幅跳び3位だ。そして、同じクラスの本木がいた・・・・今回も3000mで優勝していた。・・・すっごいな本木。



鷹見に対して強烈なライバル心を燃やした・・・・でも、ほんなら、どうしたらええねん・・・??



時田先生にスカウトされて陸上部に入った。

ところが、走ってみれば一番遅くて・・・・「いやぁ~ボクはジャンプ力をかわれて入部したんやから・・・」と自分に言い訳してたら、チャンスをもらって「走り幅跳び」の選手になった。

・・・・ところが、大会に出てみれば、客席の笑い者・・・・それが現実やった。


鷹見のことを勝手に敵視したとこで、 鷹見はボクの事なんか、これっぽっちも覚えちゃいないだろう・・・逆恨みもいいとこ。 鷹見にしても、ええ迷惑やろうなぁ・・・笑。


・・・・でも・・・じゃあ、どうしたらええんや・・・・?



壇上に、同じクラスの 高原 舞 がいた。・・・表彰状を受け取っている。

体操部。平均台で優勝していた。


高原とは、1年生の時も同じクラスやった。・・・・ボクが転入してきたクラスや。

小柄で、まつ毛が長くて・・・・ショートカットで・・・ボーイッシュで・・・・性格も「男前」やった。

どこか、クラスの女子たちとは一線を画すようなとこがあって・・・何か、周りの女子とは違っていた。あんまり、グループといった群れの中にいなかった。・・・・でも、高原を慕っている女子が何人かいる。


休み時間に、ひとりで文庫本を読んでるのをよく見た。

成績が、すごくよくて・・・・間違いなくクラスじゃトップだ。教師すら触れられないような空気がある。・・・どこか女王のような振る舞いがあった。高原を慕ってる女子たちとの関係も「女王と下女」といった感じやった。



時田先生からスカウトされた次の日。ボクは、学校に遅くまで残っていた。

少年ジャンプを持ち込んで時間を潰していた・・・・夕方まで、暗くなるまで・・・・グランドに誰もいなくなるまで待つつもりやった。


・・・・怖かったんや。

陸上部にスカウトされて・・・そういう選択もある・・・そう思った。

足には自信があった。・・・・でも怖かった。

知らない土地で・・・・言葉すら通じない・・・誰ひとり知り合い・・・友達のいない学校生活だけでも毎日が怖かった。

そこで「部活」をするというだけで、けっこーな勇気が必要やった。

・・・・さらに、まったく知らない「陸上」って世界にビビっていた。


足には自信がある・・・・っても、それは、小学校の50m走しか知らない中でや。・・・たしかに、運動会のクラス対抗リレーのアンカーとかはやったけど・・・


・・・・100mがどんなものか知りたかった。

走ってみたかった。

ボクには、100mが、とても怖い、未知の世界に感じたんや。

・・・・だから、走ってみたかった。


それで、グランドに誰もいなくなるのを待っていた。



少年ジャンプ・・・マンガを学校に持ってくるのは禁止や。

屋上に出る階段の踊り場。少年ジャンプを読んで時間を潰した。


・・・・陽が暮れていく。

学校が静まり返っていく・・・・


もう大丈夫やろう。


階段を下りていく。

どの階にも生徒はいない。・・・・廊下は真っ暗だ。

1階・・・・正面玄関・・・・明るかった・・・・奥の体育館が明るかった。

ほとんど電気の消えた学校の中、体育館に煌々と電気が点いていた。


・・・・近づいていく。・・・・微かに物音が聞こえる。・・・・規則的な物音・・・


入口から中を見た。


高原 舞 が平均台の上にいた。

・・・・他には誰もいない。


広い体育館に、高原だけがいた。


高原が、平均台の上で後転・・・身体を伸ばしたまま・・・バク転だ・・・・失敗。床に落ちた。


・・・・規則的な物音はこの音やった。


すぐに平均台に上る高原。・・・・・もう一度・・・・また失敗・・・次・・・・失敗・・・・


・・・・しばらく見ていた・・・・高原は、何度も何度も繰り返していた・・・

・・・やがて、ボクは足音を殺して正面玄関を出た。・・・・陸上部のコースに向かう。


誰もいない。照明のないグランドは真っ暗や。


砂場の脇に腰を下ろす。

安物のシューズの紐を結び直した。

学生服を脱ぐ。



スタートラインに立った。

フェンスの外、通学路を照らす街灯の光。・・・・その光が100mを照らしている。


走った。

一目散に走った。

ゴールを目指して走った。

突きあたりのフェンス目がけて走った。


駆け抜ける。

初めて100mを走った。


歩いてスタートラインに戻る。


また、走る。


また走る。


走る。


スタートラインに戻る。

息が切れる。

・・・・それでも、気持ちが良かった。


鬱々としたものが飛んでいく。

鬱屈したものが流れ出していく。


・・・・・はぁはぁはぁ・・・・


荒い息のまま、肩に学生服をかけて歩き出した。


正面玄関を入った。


・・・・・まだ、体育館には電気がついていた。

足音を殺して近づいた。


・・・・高原がいた。


同じや。

平均台の上に高原がいた。



平均台の上。

両手を広げて立っている高原。・・・・動き出す・・・・バク転・・・・失敗。


また、すぐに平均台に上がる。

すっくと両脚を揃えて立つ。

両手を広げる。・・・動き出す・・・バク転・・・・見事に決まった。


・・・・また、すぐに動き出す。バク転・・・・失敗・・・そして、成功。



ボクは陸上部に入ることを決めた。




見つめていた。

壇上の高原を見つめていた。


校長先生から表彰状を受け取っている・・・・教室で見る顏と全く変わらない。・・・緊張、上気・・・そんなものが全く見えない。


・・・・1年生の時は、2位やったよな・・・・


1年の時にも、こうやって全校生徒集会で高原を見てた。


・・・・そうだよな・・・毎日の積み重ねだよな。

毎日の練習の積み重ねだよな。




・・・・鷹見に負けたくない。負けたない・・・



・・・・チャイムが鳴った。授業が終わった。


本木と、野田と一緒に陸上部に向かう。


・・・・空にジャンボジェットが悠々と飛んでいた。・・・思わず見上げた。


自分で描いた「赤い線」のシューズ。

紐を締め直す。


練習が始まる。


・・・・負けたくない・・・ 鷹見に負けたない・・・


ジョギング・・・柔軟体操・・・1年生の掛け声・・・・



・・・鷹見なんかに負けたない!



じゃあ、どうする・・・・?

考えた。考えた。考えた・・・・



「よっしゃぁ・・・・・それしかないやろ・・・・・それでいこう!」



もう、とにかく練習するしかないと思った。じっさい、他人の2倍でも3倍でも練習するしかないと思った。

・・・でも、現実問題それは不可能や・・・それに、ただ単純に「スポ根マンガ」みたいにそれをやるってのも・・・・


「漫然とは練習するな。いたずらに練習するな、練習は量じゃない、質じゃ」


・・・・なんか、時田先生の陸上部じゃないと思った。・・・まあ、なんか、いい訳っぽいけど・・・



・・・さて、どうする・・・????



陸上部の練習はウオーミングアップから始まって・・・そのアップでは、70%程度の力で走る。

次のスタート練習では、スタートの練習なので、スピード自体はそれほど必要としない。全速力で走るってことはしない。

また、メイン練習では、何かテーマを与えられて・・・・例えば、腕の振りに注意してとか、足の引きに注意してとか・・・そのテーマを考えて走るわけで、そこも全速力で走るわけじゃない。



「ボクは、全ての練習メニューを全速力で走ることに決めた」



幸い・・・笑?・・・ボクは足が遅かった。・・・だから、全速力で走っても誰も気付かないだろう。「勝手なことをするな!」と怒られることもないはずや。



・・・・そして、もうひとつ自分に決めた。



「自分が最後に練習を上がる」



ボクは2年生でも、他の2年生とでは1年間の練習のブランクがある。・・・これは、もう、どうしょうもない。・・・だけど、物理的にこの部分を埋めなきゃダメやと思った。


そのためには、やっぱり、練習量自体を増やすしかない。

・・・それで、ボクは、自分が最後に練習をあがるって事に決めた。


例えば、今日のメインが100m10本だとしたら、皆より、少しインターバルを短くして走る。休憩を少なめにして走る。そして、皆が走り終わった後に、さらにもう1本走る。

こうすれば、100m10本のメニューで13本、14本走ることになるはずや。自然と練習量は増えるはずや。

そのために、練習中は本数を数えるのを禁じる。

本数を数えれば、今日はもう3本よけいに走ったからいいや・・・風邪気味だから決められた本数だけでいいや・・・必ず甘える日が出てくる。・・・・1日、甘えれば、それが2日、3日・・・・そのうち、練習を増やすこと自体を止めてしまう。


人間は甘えるもんや。

会社経営に失敗した父さんを見てて、つくづく、そう思ったんや。


・・・・だから、本数は絶対に数えない。



柔軟体操が終わった。

ウォーミングアップ走に入る。



・・・・鷹見、絶対、オマエに勝ってやる!



全ての練習メニューを全速力で走り切ってやる。

一番最後に練習をあがってやる。



今日から、このふたつを自分に課して練習する!!




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