第5話 「天然パーマに負けたくない」何もできなかった。
大会当日。
大会は、市営の陸上競技場で行なわれる。
空気が清んでる・・・・早朝に陸上競技場についた。
陸上部全員が集合していた。
大会が始まるのは9時過ぎや。
その前に、部員全員でのウォーミングアップを始める。一度、身体を温めておく。・・・・そのあとは、競技に合わせて選手それぞれでアップを行っていく。
・・・・集まっているのはボクたちだけじゃない。他校の陸上部も集合している。同じようにウォーミングアップを始めていた。
陸上競技場は、1周が400mのコースでできている。
その中側は、一面が芝生だ。やり投げ、ハンマー投げといった投擲種目が行われるフィールドや。
陸上競技場の真ん中で柔軟体操を行う。いつもの柔軟体操だ。
1年生が掛け声をかける・・・・
陸上競技場をグルリと見渡した。
立派な競技場だった。
小さいとはいえ、ちゃんと客席もある立派な競技場だ。
芝生の中、中央の観客席の正面に、走り幅跳びのフィールドがある。
・・・ここでやるんか・・・
テレビで・・・オリンピックとかで、陸上競技場は見たことがある。
・・・・でも、コース側から観客席を見上げることなんてない。
思わず唾を飲んだ。
圧倒されてしまった。
・・・・ヤバい・・・・もう、緊張してきたわ。
でも、緊張感よりも、もう、どうしょうもない・・・そんな気分の方が大きかった。
・・・・で、結局、どうにもならなかった。
足が合わなかった。
連日の特訓もボクには何の意味もなかった。むしろ、混乱しただけやった。
もう、最後の方は、足が合わないどころか・・・・変な話、マトモに走ることすら出来なくなっていた。
「歩く」「走る」ってのは本能や。
ハイ右手だして、左足だして・・・なーーんて考えて歩いたり、走ったりしない。
ところが、走り幅跳びの特訓・・・・・・「踏切ライン」に足を合わせるという練習をしてる間に・・・
スタートとは?・・・助走とは?・・・・中間走とは?・・・・・・・すーっかり、「走ること」そのものを頭で考えるようになってしまった。普通に歩くことすらぎこちなくなってしまった。
・・・・ボクの利き足ってどっちや?・・・・右ってどっち・・・??・・・箸を持つ方だよな・・・???
そんな状態に陥ってしまっていた。
快晴。
初夏の陽射しが降り注ぐ。
連絡事項の放送がスピーカーから行交う・・・・
観客席には、各中学校の陸上部が陣取っている。学校名を記した大弾幕がなびく。
陸上部員だけやない。OB、OG・・・・はたまた父兄か・・・
観客席は8割がた埋まっている。
・・・その全ての視線が、競技場内に降り注ぐ。
走り幅跳びのフィールド。
砂場があって、それに続く助走のための直線コースがある。
その周りは芝生だ。
腰を下ろしていた。
・・・・芝生に腰を下ろしていた。
観客席からの視線が向かっていた・・・・今、競技場内で行われているのは「走り幅跳び」だけや。
陽射しが強い。大きなタオルを頭から被っていた。
・・・・ボンヤリと・・・幅跳びのフィールドを見つめていた・・・・
ボクは、すでに3回の跳躍を終えていた。芝生に腰を下ろしていた。
目の前では、これから「決勝」が行なわれようとしている。
ボクは放心したようにそれを見ていた。・・・目は見えてはいた。でも、頭は何も考えられないでいた。
・・・ボクの戦いは終わっていた。・・・・予選敗退。・・・・それも問題外、文句なしでの予選敗退。
けっきょく、足は合わなかった。
走り幅跳びでは「踏切ライン」を超えて跳べば「ファール!」と宣告されて、飛距離は測定されない。
・・・・もう一つ測定されない場合がある。
それは「測定する価値がない」場合や。・・・・あまりに飛距離が短い場合や。それをカットラインという。
カットラインは3m50cmやった。
中学2年生ともなれば、体育の授業でも、跳ぶヤツは5mを超えてくる。だから、3m50cmのカットラインは当然だっていえる。
・・・・ボクは3回の跳躍で一度も測ってもらえなかった・・・ファールはしていなかったと思う。宣告は受けてない・・・・いや、正直、それすら覚えてない・・・でも、まぁ、すべてが、カットライン以下だったんやと思う。
じっさい・・・跳んだあとの、測定員の冷たい視線が脳裏に焼き付いていた。
「よく、それで大会にでてきたな?」
そんな言葉が聞こえてきそうやった。
・・・・それどころか、ボクが跳ぶたびに、観客席からは「爆笑」が起こっていた・・・
それほど、不様な姿やったんやろう・・・
・・・けど、もう、恥ずかしいという気持ちもなかった。・・・・もう、それを感じるどころでもなくなっていた・・・
足が合わない・・・・何が何やらさっぱり・・・・どうすりゃいいんだ?・・・・なんで?どうして??・・・右ってどっち・・・???・・・・あぁ~~~もう、どうしよう・・・・
・・・・そして、終わった。
初めての大会が終わった。
安堵感もなかった。ただ、どんよりとした気分の中で、自分の情けなさだけを痛感していた・・・・
ピクリとも動けずに、タオルを被って座っていた。
とにかく、いたたまれない・・・・・
目だけで、決勝の舞台を追っていた。
出水がやってきた。隣に座った。
出水は、問題外で予選を落ちたボクとは違って「惜しくも予選落ち」の結果になっていた。
「見てみな」
出水が顎で示す。
その先に、一人の選手・・・・クリクリの天然パーマだ・・・・今走り出そうとしている・・・恵まれた体格だ。
・・・・走り出した。跳んだ。見事なジャンプや。
「なーんも考えてねーんだよ」
出水が吐き棄てるように言った。
「え?」
「適当なところから走って、適当に跳んでやがる」
その選手は、ボクが、あれほど苦労している助走の距離や、走り方や、そんなものを一切無視していた。
「走って跳ぶ」
ただ、それだけ。実に簡単そうに跳んでる。
そして、それにもかかわらず飛距離は驚異的に出ていた。
・・・恵まれた体格だ。恵まれたジャンプ力だ・・・・
「走って跳ぶ」
それを素質にまかせて行なっているだけやった
富岡がいた。
スタート位置に富岡が立っていた。
富岡は、ボクたちの中で唯一、決勝に進んでいた。
富岡は、ボクなんかとちがい、素質に溢れた選手やった。
走り幅跳びの特訓で、常に、富岡と出水と一緒にいた。
ボクは問題外のレベルやったけど、富岡も、出水も、ボクを同じ選手として、仲間として接してくれていた。・・・・いや、陸上部全体が、ボクを選手として気遣ってくれていた。
大会には出られない部員が数多くいる。中には3年生の先輩もいる。
大会に出られない部員は、選手のサポートにまわっていた。
それだけやない。この大会運営自体の裏方でも、そんな先輩や後輩達が働いていた。
ハードルの設置や撤去など、運営のタイムスケジュールの管理・・・・裏方の仕事は数多くある。
「その場、その場で全力を尽くせ」
時田先生の言葉だ。
ボクは、時田先生の陸上部が大好きになっていた。
「あんなヤツ・・・負けたないわ・・・」
じっさい、ボクたちが教えられた陸上理論は、中学生では難しいのかもしんない。
でも、素質がない者が戦っていくための、大きな武器であることは間違いないんや。
・・・・だけど、ボクは・・・・ボクは、その武器を使いこなせなかった。
そして、その武器をあざ笑うように、天然パーマは走って、そして跳んでいた。
ボクは、自分を馬鹿にされたような気持ちになり・・・・それよりも、理論武装のボクたち陸上部を馬鹿にされたような気がした。
時田先生の陸上部をバカにされたような気がしたんや。
「富岡ぁー!!」
思わず声が出ていた。
富岡がボクと出水に気付いて、小さく手を上げた。
・・・富岡ぁーーー!そんな、クリクリ天然パーマなんかに負けんなぁーーー!・・・・・・・
心底、勝って欲しいと思った。
・・・・富岡が走り出す。
スタート・・・・中間走・・・・スピードが乗る・・・・踏切!!・・・・跳んだ!!
ガッツポーズをしている。
天然パーマが、自分の陸上部・・・観覧席に向かってガッツポーズをしている。拍手を浴びてる。男子部員、女子部員、ヤンヤの大喝采や。
これで、天然パーマの性格がみえた。
チョケたヤツや。
おちょーし者や。
くそったれ。
・・・・富岡は負けた。・・・・3位やった。
適当に走り、適当に跳んだ、素質だけの天然パーマが優勝した。
天然パーマの名前は 鷹見 といった。
鷹見のガッツポーズ。後姿を見ていた。
「ぜったい、お前なんかに負けへんわ!」
・・・・なぜだか・・・・なんでか、心に刻み込んだ。
とにかく、メチャメチャ悔しかったんや。
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