第3話 「メッチャ恥ずい・・・」雷に打たれた。
ボクは走っていた・・・・・・
毎日、毎日、毎日走っていた。
放課後になり、それぞれの教室から陸上部員が集まってくる。
時間がきて、3年生の土田キャプテンの号令で練習が始まる。
ウォーミングアップのジョギング。100mのコースを往復していく。ゆっくりと、ゆっくりと身体を温めていく。
柔軟体操。掛け声は1年生の担当や。・・・・ボクも新入部員なので順番が回ってくる。
最初は緊張した。
それでも、毎日のことなので、すぐに慣れた。
柔軟体操が終われば、いよいよ走り出す。ひとりづつ走り出す。
身体の各部をチェックしながら、100mを3本走る。
全く速さは必要としない。あくまでも、身体との対話の時。故障個所はないか、どこにも不具合はないかの確認や。
走る順番は、1年生、2年生、3年生の順番。
1年生の中でも遅い部員からのスタートや。・・・ってことは、順々に速い部員になっていくってことだ。
必ず、前を走る部員より後ろを走る部員の方が速い。だから、必ず追い付いてしまう。それで、後ろを走る部員は十分に間隔を空けてからスタートしていく。
まだ、ウォーミングアップの段階だ。速さは全速の70%程度でいい。
ボクの順番は、2年生の1番最初やった。・・・新入部員やからな。
1年生が走り出す・・・・次々に走り出す。
順番が来て、前の部員が走り出す・・・1年生で一番速い河本だ。
少し間隔を空けて続く。走り出す。河本の背中を見ながら走った。
前を走る河本が速い。
さすがに1年生で一番速いだけのことはある。
追いつけない。離されていくだけや・・・・
ウォーミングアップ、速さは全速の70%程度・・・・ボクは、けっこう本気で走っていた。それでも追いつけない。
最後の総点検、ウォーミングアップの仕上げとして150mを3本。
ゴールラインを駆け抜けた。
はぁはぁはぁ・・・・汗が流れる・・・・ウォーミングアップだけで汗が流れた。息が上がった。
ウォーミングアップが終われば、2、3年生部員たちは、スタート練習に入っていく。
スタートブロックという、足をのせる器具を地面に装着して、スタートの練習が始まる。
「位置について・・・・」
「よーい・・・」
ピストルの号砲。
部員たちが弦から放たれた弓のように走り出す。
・・・・・でも、ボクたち1年生・・・・新入部員は、アップが終われば、走る基本フォームをつくるための練習だ。・・・そう、まだ、走らせてもらえない。
走らずに、走る姿勢・・・・若干の前傾姿勢・・・・腕の曲げ角度を直角に固定。そして、腕だけを振る練習。それを1日中行う。
いっち、にぃー、さんー、しぃー・・・・・
ひとり10を数え、それを新入部員全員で順番に行っていく。
ひたすら、若干の前傾姿勢をとり、腕を振る。・・・・それだけ。・・・毎日、それだけ。・・・ひたすら、それだけ。
グラウンドは陸上部だけやない、隣には、野球部とサッカー部とテニス部が隣接している。
1年生に混じって練習をしている姿を見られるのは恥ずかしかった。・・・・しかも、走らずに腕を振るだけの練習を延々と行う。
同じクラスの野球部員に見られる。
同じクラスのサッカー部員に見られる。
同じクラスのテニス部員に見られる。
同じクラスの女子テニス部員に見られる。
練習している場所は、走り幅跳びの砂場の脇で、通学路のフェンスに面してる。下校していく生徒たちが次々に通っていく。
最初、ボクに気づいた生徒たちは驚いた顔をする。・・・特に同じクラスの生徒はビックリした顏をする。
そして、何も見なかったような顏をつくって通り過ぎていく。
・・・・メッチャ、恥ずいやん。
とうぜん、一緒に練習をしているのは新入部員の1年生ばかり、2年生はボクだけや。
・・・・1年生たちもボクに・・・2年生の新入部員に・・・しかも、たったひとりの2年生の新入部員にどう接していいのかわからない。・・・それは、ボクも同じやった。お互いにどう接していいかわからない。
・・・それでも、全ては慣れだ。
恥いのも最初だけやった。
毎日顏を合わせる生徒の顏ぶれも同じだ。
すぐにお互いが慣れた。
すぐに誰も驚いた顏をしなくなる。
・・・・走っていた。
毎日毎日走っていた。
・・・・そして、重大なことに気づいた。
ボクは遅かった。圧倒的に足が遅かった・・・んとに遅かった。
さすがに陸上部やった。
考えてみれば、陸上部に入部しようなんてヤツは、みんなボクみたいな経験をもっていて・・・みんな、足に自信があるから入部するわけで・・・・ちょっと考えてみればわかることや。
ボクは、2年生で入部したわけで、扱いは1年生と同じだ。新入部員や。
走ってみれば、どの2年生よりも遅いのはしょうがないとして・・・・ところが、中には、1年生でもボクより速いヤツがいた。
1年生で一番速い河本はボクより速かった・・・・それも圧倒的に・笑。
もっとも、河本より遅い2年生はボクだけじゃない。同じクラスの野田も河本より遅かった。
野田は、ボクが入部するまで2年生で一番遅かったらしい。・・・・・なーーーんの救いにもならない話やけど・笑。
まぁ、河本は地元小学校からの有名選手だったらしく、3年生の先輩たちとすら仲良く話していた。・・・たぶん、昔からの知り合い・・・・陸上世界、仲間内での先輩後輩ってことなんやろう。
こりゃまいったぞ・・・・
しかし、まぁ、ボクはジャンプ力をかわれてスカウトされたんやから・・・・
おそらく、競技として、走り幅跳びや、走り高跳びをやることになるんやろう・・・・そう、自分を納得させていた。それしかなかった。
誰も話しかけてこなかった。
新入部員は、1日中、走らずに掛け声とともにフォームの基本練習ばかりや。2年生、3年生とは挨拶程度しか話すこともない。
しかも、3年生といえば雲の上の存在だし、同級生の2年生でも、ボクは転校生なので、知り合いもほとんどいない。
毎日走っていた。
そして、腕振りだけの毎日・・・・
1ヵ月ほどが経っていた。
時田先生の教室に陸上部員全員が集められた。
次の大会の選手発表やった。
・・・・この陸上部。時田先生の陸上部は、市内では強豪チームやった。全く知らなかった。
特に100m×4リレーでは、市内で連勝記録を更新している、向かうところ敵なしの陸上部やった。100m×4リレーでの優勝は、部での伝統にすらなっていた。
そんな陸上部だから、選手に選ばれるのは、学年ではなく、あくまで、勝てる可能性がある部員だという。だから、大会には出られない先輩たちもいる。
・・・・ボクは、自分の実力がいやというほどわかった。
「ボクは足が遅い」
確かに、入部当初は、自分の足に自信をもっていたけれど、実際に走ってみて自分の遅さを痛感していた。それに、いくら、ジャンプ力をかわれて入部したとはいえ、多分、それも通用しないのは目に見えている。・・・・ましてや入部1ヵ月や。選手に選ばれるはずもない。
選ばれたいとも思わなかった。
井の中の蛙は大海を知った。
ガラガラとドアが開いて、時田先生が入ってきた。
一瞬にして、教室の空気が張り詰めた。
「起立!」
土田キャプテンの声。
全員が弾かれたように立ち上がる。
「礼!」
緊張感のある礼。
「着席!」
・・・ボクは、足が遅かった。
それでも、落ち込んでなんかなかった。
走っているのは楽しかった。
ボクは、毎日、学校と家との往復だけの、鬱々とした日々をおくってきていた。
毎日、学校が終われば真っすぐに帰って、弟を幼稚園に迎えに行った。
・・・・もう、そんな生活を3年も続けていた。・・・転校も2回させられた。
いつの間にか、身体の中に何かが溜まっていた・・・・黒い塊・・・・なにか、腐ったような塊が沈殿していた。
・・・ヘドロや。どぶ川の底に巣くっているヘドロがボクの中にあった。
掻き雑ぜれば全体が腐臭を放つ。・・・・沈殿していれば、表面上は何もない・・・でも、しっかりと巣くっていた。・・・それを掻き雑ぜないように毎日を過ごしてきた。
時々、大きな叫び声を上げたいような衝動に駆られる。
どこか暗い泥沼・・・どぶ川に閉じ込められてる感じがしてた。
・・・・そんな、窮屈な感覚を、陸上部が解き放ってくれた。
毎日、授業が終わって、本木と野田とで陸上部に向かうのが楽しくてしょうがなかった。
まだ、入部して1ヶ月。ボクは、まずは、基本をみっちりとやろう・・・・そう思っていた。
教壇に時田先生が立っていた。
選手の発表が行われていく。
呼ばれた部員、選ばれた選手が「はい!」と、短く返事をする。
「100m、横田、宮元、村木・・・200m・・・・ハードル・・・」
さすがに、シビアな人選や。選ばれていない3年生が多くいる。
「走り幅跳び、富岡、出水・・・水上」
!!! 頭の中で閃光が走った。
「はい!」
雷に打たれたように返事をした。
・・・・いいのか、とも思い、・・・・そして、やってやる!という思いも沸き起こる。
身体が熱かった。
ヘドロじゃないものが沸き立っていた。
この日から、ボクの、走り幅跳びの特訓が始まった。
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