_十一
画面に動きはない。赤いお面を被った二つの影がひたすら進むだけだ。
「こっちから迎え撃つ?」
イトはやけに好戦的だ。髪の毛の桃色がまだ残っている。
「いや、待とう。まだ、道を変えてどこかに行く可能性もあるし」
「ないでしょ。まあいいよ」
すこし余裕も見える。さっきの戦いを知っていれば、誰でもそうなるだろう。しかし、油断はできない。
隣ではラム・シュウが髪の毛を動かしている。
「本当に植物配線だ。出来ると分かればできるもんだね」
「あんま無茶しないほうがいいですよ」
「そうだよね」
ふわふわと浮いていた髪がぺたりと落ち着いた。
それくらいしかすることがない。その時、エレベーターが開いた。
「皆さん、お元気ですか? 私は、まあヘトヘトです」
ヤオさんが手にお弁当を持ってやってきた。それだけではない。後ろのアイザさんと、ポーリンさんもいる。
「キープリンはどこ?」
ヤオさんはアイザさんに乱暴に押されてしまった。体は倒れたが、弁当だけは落とさずラム・シュウに受け渡すことに成功している。
「いない! どうしてですか?」
「ちょっと、アイザさん、いったん落ち着いたほうがよろしいのでは?」
「あ、そうね。ごめんなさい。ちょっと気が動転してしまって。ヤオさんも、迷惑かえてすみません」
「お気になさらず。時間は短かったですが、慣れるには十分すぎるほどの経験を積ませていただきましたので」
恐ろしいほどの嫌味を放っている。なにがあったのか分からないが、こんな慌ただしい出来事が何度も起きたんだろう。
「すみません、みなさま。キープリンお爺様はどちらに?」
その答えは、ラム・シュウとイトと僕の三人がほぼ同時に答えた。
「君を探しに行ったよ」
その言葉にポーリンさんが笑う。
「あんなにいがみ合ってたくせに、やってることは二人とも一緒かい。茶番だね」
そしてラム・シュウを一瞥した。
「あんた、無茶やったんだ。ほんと植物配線者はまともな奴がいないよ」
そして椅子に座った。ヤオさんが口を開く。
「とりあえず、食べましょうか」
そう言って一人一人に弁当を配る。アイザさんも手伝っていた。
一つだけ残った弁当箱はアイザさんが大事に机の隅に置いていた。
「ヤオくん。見てみてよ。ほら。僕、植物配線だったみたいなんだ」
弁当を食べながら、ラム・シュウが髪の毛をふわふわと浮かせた。
「それで、髪の色が赤くなっていたんですね。よくお似合いですよ」
すると、アイザさんがヤオさんに近寄っていった。
「あの、私も髪の毛、できるんですよ。変な感じですよね」
と言い、ふわふわと白い髪の毛を浮かばせた。
「どうですか? ヤオさん」
ヤオさんは箸に魚を挟んだままでいる。
「はい。素敵ですね。白い髪も似合ってると思いますよ」
「そうですか〜」
アイザさんが髪の毛でいろいろな曲芸をしている最中、素早く食べ物を口にして、飲み込んでいた。
僕は隣にいるポーリンさんに声をかける。
「ヤオさん、大変そうですね」
「そうだね。でも、自業自得じゃないかい? ちょっと優しすぎるからね」
その横でイトが付け加える。
「本心ではなにを考えてるか分からないしね」
ひどい言われようだ。しかし、みんなヤオさんが好きで言っているのがわかっているから、それでいい。
通信機が鳴る。
「——失礼します。ラム・シュウ殿はいますか? 非常に困っています。さっき来た男、暴れまわってますよ。アイザはどこだって」
ラム・シュウが素早く弁当の最後の一口を飲み込むと、返事をした。
「それなら、こっちにいるって伝えてくれ。それと、龍木化した人の数も把握したい。他に必要なデータは今は暴れているそこの男がちゃんとやってくれるはずだ」
通信機の向こうで、アイザはそこにいるんだなと、しきりに確認するキープリンの声が聞こえる。
「——わかりました。この男は任せとけてと、そう言っています。あと、くれぐれも無茶をするなよ、とも行っています。では」
通信が切れた。
龍木化の話が出ると、部屋の雰囲気はとても重くなる。当然だろう。特に、アイザさんとラム・シュウは当事者だ。
「私、龍木化なんて怖くないんです」
アイザさんが重い空気を察してか、口を開く。その声は震えていた。
「また強がって。あんた、父さんの時もそう。結局それで仲が悪いままだったじゃない」
「ちがいます。強がってなんかいません」
余計に雰囲気が悪くなる。アイザさんは今にもポーリンさんに飛びかかりそうだった。
「なに言ってんだよ。あんたクオンさんの忠告を無視して、キープリンさんに肩入れしてさ、植物配線をした挙句に龍木化の事件。一言クオンに謝ってれば、あんな別れにはならずに済んだんじゃないのかい!」
「とにかく、違います!」
そのまま駆け出してしまった。すぐにヤオさんが追いかける。
「城の外には出しません、代わりに怪物を城の中には入れないでくださいよ」
と、言葉を残して、エレベーターの扉が閉まった。降りていくエレベーターから、一人にさせて! というアイザさんの声が響いた。
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