_十

 日が照りついている。城の中では緊急避難勧告が流れ続けていた。

「——全く煩くてかなわん」

 わざわざ子機に繋がないで欲しい。が、ラム・シュウとイトには全く耳に入っていなかった。

「——近いぞ!」

 その声が聞こえると、ラム・シュウは倒れた。そして右腕の枝が伸びる。枝が体の本体になったような動きだ。

 細い枝がどんどん広がり、無数の層が重なった網の中に入ってしまったように思えた。

「——なるほど。それで化け物が速度を保てないということだな」

 キープリンはなにか納得しながら、僕とイトが行動しやすいように指示をくれる。その後ろでカタカタと音が鳴っているのは、必死にメモをとっているからだろう。

「来た!」

 イトの体が鎧に包まれる。身の丈ほどの剣。傘は僕に渡してきた。

「後ろは任せたから」

 イトが歩き出すと、動きに合わせて枝が隙間を開けている。無数の網の端に、鼻の部分が伸びた赤いお面を被った怪物がぶつかっている。そこは、枝がどんどん濃くなった。そのまま繭のように怪物を包み込む。

「なんだ。楽勝じゃん」

 出来上がった繭にたどり着くと、剣をかざした。

「三から数えて零で突き刺すから、タイミング合わせてね。ラム・シュウ。三、二、一」

 零。イトが剣を突き刺すと、ちょうどそこに合わせて繭のようになっていた枝が退き、赤いお面の怪物だけを突き刺した。

 間髪入れずに、何度もさす。動きが完全に止まっているが、刺す。

「——もう大丈夫だ」

「なんだ。楽勝じゃん」

 イトは元の姿に戻り、あくびをしていた。周りの枝も収束した。その先にラム・シュウがいるが、様子がおかしい。その場に倒れたままだ。

「ラム・シュウ!」

 駆け寄る。建物の中から出てきていたキープリンも走ってきている。

「素人が触るなよ!」

 とは言われても心配で近寄る。

「ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけだから」

 そして、立ちあがたラム・シュウは、髪の毛が赤みがかっていた。


 長い建物に戻ると、キープリンがラム・シュウに怒鳴った。

「お前、自分がこんなことになるって、わかっててやっただろ!」

「いやあ、ははは」

 笑ってごまかそうとしているが、キープリンは怒ったままだ。

「ったく、植物配線にはまともな奴がいないな」

 ラム・シュウの態度になにを言っても無駄だとわかったのか、今度はメモを見始めた。

「一応、教えてやる。ラム・シュウ。次にまたさっきのように戦ったら、次は人間のままでいられるかどうか分からないぞ。ったく、私はこんなことを注意するために生きてるんじゃないのにな!」

 一度怒鳴ると、しばらく気持ちが落ちつくらしく、定期的に怒鳴っている。話を聞くこちらとしてはやめて欲しいのだが、そういうわけにもいかないんだろう。

「そもそも、男の植物配線だ。よけいなにが起こるか分からないっていうのに」

 そういって、メモに何かを書き込んだ。覗き込んでみたが、見たこともない文字で書かれていた。

 ラム・シュウの髪は赤紫色だ。鏡を見て、いる。

「本当に、僕は植物配線なんだね。髪の色が変わると変に実感が湧くなあ。嬉しくはないけどね。キープリン殿、なんで僕は植物配線になれたんだ? それはわかるの?」

「ったく、そんな基礎的なことも知らないで、みな植物配線をしているんだ。アイニーパブロフは一体なにを考えてたんだ」

 キープリンが頭をガシガシ掻いた。毛が抜け落ちている。

「ああ、まず、植物配線ってのは、一度体内に入ると、根を張り人体に影響を及ぼす。そしてその根が自己増殖する回路なんだ」

 そこまでは知っていると、皆が頷く。

「よし、ここも知らなかったら喚きちらしていたところだ。それでな、ここから先は、伏せられている内容だ。ま、とは言っても少し調べればわかることなんだがな。この根は、体内のどこにでも張れるわけじゃないんだよ。ある程度の隙間が必要なんだ。その違いが、女だけが植物配線をできる理由になる。女には合って、男にはない体内のスペース。どこだかわかるかな。って、わかっても答えたくないだろうから私が言ってしまうが、子宮だ」

 なんとなく、気持ちが悪い話だった。ラム・シュウも楽観的な表情はしていない。

「もちろん、そういう反応になるだろう。えっと、質問は確か、なんで男なのに植物配線になったのかだったか。うん。ここから先はさらに研究段階なんだが、君の腕のことを考えると、ほぼ確実なないようだ。他にも実例があるしな。つまりだな、植物配線は体内にスペースが必要だが、ただスペースを必要しているのではなく、人としての形が欠けたところが必要なんじゃないかという話だ」

「それって、僕が腕をなくしたから、そこに根を張ることができて、植物配線になったってことかい?」

 キープリンは頷く。

「ふーん、なんか、大変なんだね」

 イトも真剣に聞いていたが、結局、よくわかっていないようだ。

「なんか大変、か。私にして見ればな、お前さんの方が大変な存在だよ。はあ、結局、全ての答えは龍木の中にあるんだろうな」

「なんですか。それ」 

「昔から研究者の中で言われていることだよ。龍木は全てを知っているとな」

 世界を覆いつくしている龍木。それが全てを知っている。なんて言葉は、確かに誰もが言いたくなるような気がした。僕も炭鉱をしている時、龍木の意志を感じる時がある。極限状態が見せる妄想、なのかもしれないが、あれほど大きく入り組んだ植物だ。なにかを感じてしまうのはちっぽけな人である以上しょうがないことだろう。

 通信機が鳴った。

「——ラム・シュウはこちらでしょうか?」

「ああ。いるよ。とりあえず一匹は倒した。今は休憩中だよ」

「——は、では休憩中にすみません。問題が起きました。西の外れの植物配線者たちが、龍木化しました。はい」

 キープリンが即座に立ち上がった。

「車を借りるぞ」

 そしてあっという間に姿を消した。

「アイザさん、心配だな」

 イトが小さく言った。ラム・シュウは通信機に指示を出している。

「植物配線者と、志願者を東に移動させてくれ。なにが原因かは分からないけど、詳しい人間がそっちに向かっている。僕らはここで化け物の様子を見ているから、細かく様子を教えてくれ」

「——はい。わかりました。それと、ラム・シュウ殿、くれぐれも無理はなさらずに。声しか聞こえませんが、お疲れのようなので」

「うん。ありがとうね。でも、僕よりみんなを心配してくれ」

「——はい」

 城のみんなが心配だが、こちらも身動きが取れない。画面に映る謎の生き物は、相変わらず進んでいるが、いつ速度を上げるか分からないからだ。

 それと、もう一つ心配なことは、やはりラム・シュウのことだ。次の時には戦わせることなんてできない。だけど、絶対に戦うはずだ。その気持ちは痛いほどわかっていた。しかし、どうしても植物配線を力を使わせるわけにわいかない。一度使ってあれほど体に影響が出ているのだ。次は一体どうなるのか、想像したくもない。

「ユアンくん、人としての形が失われた部分に植物配線が根を張るって言っていたけどさ、心はどうだとおもう? もし、心にも人としての完全な形があるとしたら、失われたその隙間に根が張るかもしれないよね」

「でも、人の心に完全な形なんてないと思いますけど」

「はは、そうだよね。ごめん少し感傷的になってたのかもしれないな。ほら、突然髪が赤くなったりするからさ」

 ラム・シュウが笑っていた。こんな状況で笑っているのを見ていると、本当にラム・シュウの心の隙間に植物配線の根が張ってしまったのではないかと不安になった。

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