_九
長い建物の近くにクロワッサンを停める。日が強くなり始めていた。
「思ったより早かったじゃないか」
キープリンが建物の前に立っていた。ここにはすでに職員はいない。
「いったい、あいつはどうするつもりなんだ」
ラム・シュウのことだろうか。キープリンは、目線で中に入ると僕らに伝え、建物に入っていく。僕とイトも一緒についていく。
「私はここで目標を確認する。ユアンはこれを持っていけ」
通信機の子機だ。ここにある親機と繋がることができる。遠くなりすぎると繋がらない。
「なにをもたもたしてる。言ってこい」
キープリンは机に髪とペンを広げている。あくまで研究者として僕らの戦いを見るつもりなのだろう。
観察用の画面を確認すると、謎の生き物が一匹、迫っている。肉眼でも見えるくらいに近い。
イトが駆け出す。僕もついていく。
建物を出ると、ラム・シュウが立っていた。
「もう、勝手なことしないでよ」
というが怒っている様子はない。
気になることがあった。ラム・シュウの右腕が剥き出しになっている。
「右腕、なんで出してるんですか?」
「そりゃ、怪物が来るからだよ」
子機から音声が流れる。
「——ばかだなあ。お前は死に行くのか?」
キープリンが話を聞いていたのだろう。ラム・シュウに向かってそんなことを言っている。
が、これには僕も同感だった。ラム・シュウのその細い枝は、とても心許ない。
「どこまでもそんな風なことしか言わないんですねあなたは」
ラム・シュウは、さっきまでの関わりあいたくないから一線を引く、ということはしなかった。覚悟を決めているのだろう。
「——勝手にしろ。ただ、一つ聞かせてくれ。おまえは植物配線なのか?」
「なんでそんなことを聞く」
「——そうだな。好奇心だ。私は腐っても研究者ということだ」
笑い声だ。ラム・シュウは諦めたような顔をした。
「正確にはわからないけど、多分、植物配線だ。これでいいか」
その言葉は意外だった。もちろん、ラム・シュウの腕がなぜそんな風になったのか考えることもあったが、なんとなく、クラウの影響だと思っていた。しかし、植物配線と言った。ということは、心当たりがあるということだろう。
あのとき、僕ら以外にいたのはモク・ユクだ。それと、ロイン。
「ロイン、ですか? ラム・シュウ」
「まあ、そうなんじゃないかと思ってるよ。だけど、如何せん僕は腕を契り取られた後でまともな思考じゃなかったから、絶対に、とは言えないかな」
でも、きっとロインだろう。他にできる人間なんてあの場所にいない。しかし、目的は分からなかった。なぜ、倒れているラム・シュウに植物配線をしたのだろうか。
「ごめんねユアンくん。君がどう思うかわからなくて言わなかったんだ。ただ、ロインくんはぼくを助けようとしたんじゃないかって思ってるんだ。もし、植物配線がなけれなとっくに死んでいたと思うし」
右腕の枝がパキパキと音を立てている。
「——おい、来たぞ。速度を上げてる」
どうやら、戦いが始まるようだ。ラム・シュウとイトが先陣を切り、城の外に向かう。
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