_八
クロワッサンまでは、ヤオさんが車を運転して連れてきてくれた。
「ラム・シュウに何もいわずにここまで来てしまいしたね。その、ちゃんと帰ってきてくださいね。じゃないと、ここまで連れてきた私の面目が保てませんから」
「当然でしょ」
「わかりました」
簡単に挨拶を済ませ、クロワッサンに向かう。集められているのは旧式のものばかりで、ヘルメットのだけの操作ではなく、手動での補助も必要だ。すでに戦うことを想定しているからだろうか、荷物はほとんど下ろされていた。
「これなら二人で乗っても大丈夫そうだ」
「またぎゅうぎゅう詰めか〜」
話しながらも、クロワッサンを動かす。ここから永遠の城をぐるりと回って東まで行く。時間はぎりぎりだ。
触覚をつけていないせいで、全て手で操作しなければならず、大変な集中力を要した。
「ちょっと、もっとそっちいってよ」
「無理無理。これ以上動けないよ。急停止ボタンに届かなくなるから」
「わかった。まあ、これくらいの密度だったら我慢するよ」
そう、ぎゅうぎゅうとは言っても、クラウがいたときに比べれば、全然余裕がある。
「ねえ、ユアン」
「どうしたの? もしかして怖気付いた?」
「違う」
「だよね。イトはこういうとき、すごい強いもんね。実は僕の方が怖気付きそうなんだよ」
「いや、でもユアンの強いよ。その、誰かに勝つための強さじゃなくてさ、なんていうんだろう。そのわからないけど」
普段言わないようなことをイトが言い出す。戦いに行く前にそんなことを話すと、まるで負けに行くみたいだからやめて欲しかったが、イトにはそんな感覚はないようだ。
「私、クラウに止めをさせなかったの」
「え、あのときに?」
そして、イトの口からクラウのことが出てくることにも驚いた。
「そう。私あのときにさ、サイモンとユアンのことを思い出してたよ。ああ、なんでこんな簡単な気持ちに気がつかなかったんだろうって。それで、止めをささないで待ってたんだ。きっとユアンが止めに来るって、一瞬待った」
「じゃあ、間に合ったんだ」
「うん。でね、クラウをそのままにして逃げた時、あのまま止めを刺した方がきっと気持ちが楽だっただろうなって気が付いたの。私一人だったら、すごい悩んで、結局最後の一撃を浴びせていたと思う。だけど、ユアンはきっとそんな選択をしない。その覚悟の強さをユアンは持ってる」
「いや、でも結局全て悪い方に進んでいるし」
「それすらもユアンは覚悟してるでしょ。それに、まだ悪い方に進んだとは決まってない」
その言葉は、とても心強かった。まだ、悪い方向に進んだとは決まっていない。あの、巨大な怪物が毎夜泣くのを聞きながら、その言葉をいえるイトは、やはり強いと思った。
後ろから、クロワッサンが近づいてくる。通信を入れるとキープリンが出た。
「どうしたんですか?」
「どうしたって、確認だよ。私は研究者だ。あの化け物に対抗する手段があるなら是非とも拝みたいんだよ」
クロワッサンを物凄い勢いで動かしている。あれほどの速度を出しながら、コントロールするのはかなり慣れていないと難しい。しかも、触覚もつけていないはずだ。
「そんなに速度を出して大丈夫ですか?」
「ああ」
そして僕のクロワッサンの後ろにつくと、速度を合わせてきた。
「少し速度を出した方がいんじゃないか? このままだと、少し間に合わなそうだ」
笑う声が聞こえる。シャクに触るが、言っていることは正しい。素直に従うことにする。
速度を上げながら、わずかに曲り続ける。四つのアームを地面のどこに落とすのかを正確かつ高速に行わなければならない。そうして昆虫のように地面を走るのだが、アームの速度は、操縦者の思考速度に比例するので、誰でも最高速度を出すことができるわけではない。
キープリンのクロワッサンの速度と精密さは異常だ。僕も限界まで速度を出すが、平気でついてくる。それどころが、僕を追い抜き先に行ってしまった。
「様子は見ておく。安全運転で来いよ。戦う前に事故で死なれちゃ困るからな」
縁起でもないことを言いながら、さらに速度を上げた。僕はすでに他のことを考える余裕はない。
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