_七

「父さんは関係ありません!」

「そんな名前、聞きたくもないな!」

 キープリンとアイザさんが同時に言い、また言い合いが始まった。しかし、さっきほどの勢いはなく、真っ赤な炭に水を何度もかけた時のように話は止まった。

「もういい。これ以上ロン・ダン・ガイの方には近くな」

「キープリン殿、あなたに言われなくても分かってます。だからここにいるんです」

 言い合いは終わったが、気まずい沈黙が流れた。

「ところで、みなさんお腹は空いていませんか?」

 ヤオさんがいう。そういえば、朝からなにも食べていない。鼻の効きも悪い気がする。

「広場で食事を作ってあります。ほとんどは西に送るつもりですが、まだあるんで食べにいきましょうか」

 今は八時だ。朝ご飯ということだろう。

「最後の朝餐にならないといいね」

 イトが縁起でもないことをいったが、誰も聞いてはいなかった。


 広場には大勢の人がいるが、そのほとんどはスーチライトの社員だ。

 傍らには武器になりそうなものが置いてある。炭鉱用に重機がほとんどだ。

「クロワッサンはどこにある?」

「ここから一番近い城の外に置いてあります。全部で八台です」

 ラム・シュウが近くにいた作業員に聞くと、すぐに答えが返ってくる。

「はいどうぞ」

 ヤオさんがとアイザさんが着々と食事をみんなに配っていく。

「今日はお腹にたまるパンです」

 かつて食べた硬いパンだ。それにオニオンのスープが付いている。

 誰にいわれたわけでもないが、食事は三十分ほどで終わった。

 僕らは近い位置に座っているが、ラム・シュウはやはりキープリンが苦手なようで少し距離をとっている。ラム・シュウを中心にアイザさんとヤオさん、キープリンを中心に僕とイト、そしてポーリンさんがその真ん中あたりで座る形になった。

「あの、キープリンさんは植物配線について詳しいんですよね?」

 と、僕はポーリンさんに聞いた。本人に直接聞けといわれそうだが、キープリンさんよりはまともな返答が得られるんじゃないかと思ったからだ。

「本人に直接聞きな」

 世の中そんなに甘くない。僕は渋々キープリンのもとに行く。ラム・シュウは立ち上がるとどこかにいった。もちろん、やることがあるからだろうが、キープリンを避けたいのも大きな理由だろう。

「キープリンさん」

「なんだユアン」

「あの、お腹いっぱいになりましたか?」

 キープリンは笑った。

「おい。聞こえてたぞ、なんで私が植物配線に詳しいのか聞きたいんだろう?」

 ポーリンさんがキープリンと目を合わせた。なにを思ってるのか知らないが、どっちも意地悪なんだろう。

 いつの間にかイトが居なくなっている。見渡すと、ヤオさんとアイザさんのもとにいっていた。

「はい。なぜですか? 教えてください」

「まあ、簡単な話だが、私はアイニーパブロフで植物配線の製造をしていたんだよ。まったく、くだらない仕事だ」

「あれだけすごい物を作ってるんです。くだらなくなんかないでしょう」

「あんなものが素晴らしいと思うのか? 見てみろアイザの白い髪、それに龍木化現象。全て、予測不可能なことではなかったんだ。なにが研究者だ。名前ばかりが立派で、中身が伴ってないじゃないか」

 キープリンの拳が強く握られている。そして膝を叩いた。鈍い音がなった。

「ふぬ。まあ、そんなことはお前には関係ないんだろうな。そもそもユアン、お前達は、変なやつが多いな。男なのに植物配線みたいな男と、緑の植物配線者。私が知らない奴が揃ってる。まあ、あの男の腕に関してはある程度予想がつくがな」

 そこまで喋ると、ふと口をつぐんだ。

「いかんいかん、しゃべりすぎてしまった」

 とは言っても、聞きたいことは山ほどある。

 が、そこで放送が流れた。

「直ちに避難してください。突如現れた生物のうちの一匹が急激に速度をあげ、一時間ほどでで永遠の城に来る可能性があります。繰り返します。直ちに避難してください」

「来たか」

 キープリンが呟く。

「ユアン! 来た。行こうよ」

 イトが僕の元にかけてくる。腕を引っ張られた。どこかに僕を連れて行こうとしている。

「どこに行くんだよ」

「怪物のところ。に行くためにクロワッサンに乗るの。ユアン運転できるでしょ」

 イトは真剣だった。

「小娘、あの化け物と戦おうっていうのか?」

 キープリンは笑って言った。

「少し珍しい植物配線だからって、自分が特別だと勘違いしてるんじゃないだろうな? いいか、避難だ。あの化け物を前にして戦えるものは、存在しないだろう」

 そこまでいわれても、イトは眉ひとつ動かさない。

「勘違いしてるのは、お爺さんの方でしょ? 私、植物配線者ないし。ほら、ユアンいくよ」

 とうとう腕を引く力に負けて僕は走り出す。キープリンの表情は見えなかったが、笑い声は聞こえなかった。

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