_五
永遠の城、西の外れには大勢の避難者が集まっている。その中には植物配線も多い。ロン・ダン・ガイから逃げてきた人が、またその故郷に逃げようとしているのだ。
人の波の手前で車を降りる。人をかき分けた先に通信してきた男がいた。
「ラム・シュウ殿、あの男です」
「ああ、ありがとう」
何もない道を上をポツンとその男が立っていた。キープリンだ。
「またお前たちか。よく会うな。こっちは会話なんかしたくもないんだが、一つ言わねばならないことがある。植物配線の男、お前もこちら側には近づかないほうがいい。それはお前自身も感じられるんじゃないか?」
キープリンの言葉に、ラム・シュウは厳しい視線を返している。イトは興味なさそうに髪をいじっていた。
「なにを黙っているか知らないが、とにかくロン・ダン・ガイの方には近づくなよ。お前だけが死ぬならまだしもな」
キープリンはそこで仁王立ちをしていた。誰も通さないという意気込みを感じる。ラム・シュウがなにも言わないのも不思議だ。ここまでなにも言わないとなると、僕がなんとかしなくてはいけない。
「わかりました。僕ら決してこれよりロン・ダン・ガイの方には向かいません」
そういうと、ラム・シュウがとても驚いていた。なにか言われるとも思ったが、深く深呼吸をしただけだった。
「ほう。ユアンと言ったな。その心はなんだ」
「あなたを、信じる。それだけのことです」
キープリンは笑っている。
「隣の男はずいぶんと私のことを嫌っているようだが」
たしかにそうだ。しかし、僕はキープリンを心の底から嫌いになることはできなかった。それはなぜだろうか。もしかすると匂いのせいかもしれない。この男からは人間のドロドロとした匂いがないように思える。
「まあいい。ユアンはこう言ってるが、お前はどうなんだ。結局は、お前が決めなくちゃ話にならないんだろ?」
ラム・シュウに向かって言っている。僕はラム・シュウを見た。
「まいったね。ユアンくん。あれだけバッチリと言われたら、はいと頷くことしかできないさ」
「そうか。ユアン、よかったな。それでどうするんだ。今、東から謎の生き物が来てるんだろう?」
キープリンが仁王立ちをやめた。背中を丸めたその姿は普通のお爺さんだ。
ラム・シュウがため息をついた。キープリンの緊張感のコントロールを見たせいでその息はこぼれたらしい。
「あなたは一体、何者なんですか」
「なに者といわれても、ただの老人だよ」
キープリンは笑った。ラム・シュウは頭を抱えている。
「まったく、聞いたことには答えないし、そのくせなにか知ってそうな雰囲気ばっかり出してて、なんなんだよ。あとはユアンくんに任せた。僕、ああ言う人ダメなんだ」
背中を叩かれる。僕だって貴^プリンみたいな人は得意なタイプじゃないが、しかたない。
「はっはっは、素直にものを言えるじゃないか。やはり人間、素直が一番だ」
「それよりキープリンさん、聞きたいことがあります。とりあえず、もっと人がいないところまでついてきてもらっていいですか?」
「それより、か。いいだろう、ユアン。さて、どこに行こうか?」
キープリンがやってくる。ラム・シュウは明らかに狼狽えながら車まで歩いた。避難者達は、静かに待ちながら僕らを見ていた。期待をしている目だ。
ラム・シュウがそそくさと運転席に乗り込んだ。イトを助手席に乗せている。おのずと僕とキープリンは後の席に隣り合って座った。
「キープリンさん。あなたが知っている植物配線のこと、教えてください」
「それはまたずいぶんと的を射ない質問だな。私は植物配線のことを全然知らないよ。今となってはもう、そう言っても過言ではない」
「えっと、そう言うことじゃなくて、植物配線についての知識を……」
「植物配線はアイニーパブロフが配布していた体内で増殖する配線技術だろう?」
運転席のラム・シュウが大きなため息をつく。聞いてるだけで疲れるのだろう。
「そうなんですけど、そうじゃなくて、僕が聞きたいのは、えっと」
なにを聞いてもはぐらかされそうで、質問をする気がなくなる。そもそも、キープリンの言ってること自体本当のことなのかわからない。なにか知ってるような感じを出しているだけかもしれない。
「ユアン、疑問を感じてるんだな。いいだろう。悩め。なにを信じるべきなのか、なにをその指針にするのか。楽しみだ」
キープリンは笑っているが、僕は疲れてしまい、思考を放棄した。事務所に着いたらヤオさんに任せよう。僕が今下した判断はそんな楽観的なものだった。
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