_二
風呂を上がり、座敷に行くとイトと主のおばあさんともう一人、白い髪の毛の女性がいた。植物配線だろう。
イトは、床に寝転んでいる。のぼせているのだろう。僕も同じように寝転ぶことにした。イトのが少し開き目があい、同じ辛さを味わっているもの同士の友情を感じた気がした。
「あんた達、いい歳してあんなにはしゃぐんじゃないよ。まったくキープリンさん、怒ってたでしょ」
寝転ぶ僕に水を出しながら、お婆さんが軽く説教をしている。
「あの人、知り合いなんですか?」
ラム・シュウがキョトンとした顔で聞いた。
「当然。私はここの主だよ。今この屋敷にいる人間は全ては把握してるよ」
お婆さんは花の香りがする飲み物を飲んでいた。爽やかな匂いだ。梅の匂いだろう。
「そうですよね〜」
ラム・シュウは怒られたことをあまり気にしていなさそうだ。いつの間にか手に持っていたコレットティーを一気に飲んでいた。見ているだけであの甘ったるさを思い出し、余計に気持ち悪くなった。
ヤオさんはサラサラになった髪の毛を手で払った。切ればいいのにと、ずっと思っていたことをなぜか今認識足した。きっとのぼせているせいだろう。
「あの、私はヤオ・ラップという名前なんですが、お婆さんのことはなんとお呼びしたらよいでしょうか?」
「ん? なんだい。私になにか用があるのかい」
「はは、そうなんですよ。その、手に持ってる飲み物が気になりまして」
お婆さんは、ヤオさんに笑いかけて立ち上がった。
「ポーリン。それが私の名前だよ」
そういって食堂のほうに行った。
「あの…、ヤオさん?」
白い髪の毛の女性だ。とてもか細い声をしている。肌も髪の毛と同じくらい白かった。今は座っているので正確にはわからないが、髪の毛もとても長い。多分、身長は髪の毛よりも高いはずだから、もしかすると僕より身長が高いかもしれない。
「なんでしょうか?」
「実は、ポーリンお婆さまが飲んでたのって、私が作ったの」
「ではあなたの成分が抽出されてるわけですね」
僕はロン・ダン・ガイで見た女性茶葉を思い出した。ではあの梅の匂いがする飲み物には酩酊の効果があるというわけか。
「その、そうなんです。ですから、あの、あまりそのことを頭に思い浮かべないで飲んで欲しいんです」
言わなければ知らないことを話し切った後、ヤオさんはなんとも難しい依頼をされている。
しかし、さすがと言ったところだが、ヤオさんは真面目な顔をした。
「わかりました。一切思い浮かべずに飲みましょう」
そして言い終わるといつも通りの笑顔に戻った。ポーリンさんがコップに注いだ梅の香りがする茶を持ってきた。
「色茶って私は呼んでるけどね。はい。気をつけるんだよ。香りの可愛らしさとは裏腹に、強いから」
ポーリンさんが笑い、白い髪の女性は少しだけ赤くなって俯いた。ヤオさんはとても自然に無視している。
「ポーリンさん、ありがとうございます。ではいただきます」
ヤオさんが香りを嗅いでから一口含む。
「ほう、これは、素晴らしいですね。ポーリンさんは毎日これを?」
「やだね。毎日だなんて。毎時間だよ。甘く見てもらっちゃ困る」
ポーリンさんは、一息に茶を飲み干した。
「僕も一口飲んでみたいな」
ヤオさんが色茶を差し出した。ラム・シュウは少しだけ口に含んだ。
「す、すごいね。これ」
それ以上は口にせずヤオさんに返している。そして、すぐに顔が赤くなっていた。
足音が聞こえた。振り返るとあの男がやってきた。
「やっと出てきましたね。って、キープリン様、大丈夫なんですか?」
白い髪の少女がその男に声をかける。どうやらキープリンというらしい。
「ああ、大丈夫だ。水、持ってきてくれ」
そのまま床にへたり込んだ。明らかに、気持ちが悪そうな表情をしている。
「まったく、もうご高齢なんです。意地なんて張らないでくださいよ」
「意地なんて張ってないだろ」
だんだんと声が大きくなっていく二人を、いつの間にか眠ってしまったイト以外が見つめていた。
「あ、ごめんなさい」
白い髪の少女はすぐにその視線に気がついて静かになる。キープリンもそれにつられるように静かになった。
ラム・シュウがキープリンを睨みつけている。と思ったが、そのまま寝転んでしまった。どうやら色茶が効きすぎているみたいだ。
なにか言いながら倒れたのだが、ふにゃふにゃとしか聞こえなかった。
「ユアン、なにか言いたげだな」
僕はラム・シュウがよく寝ているのを確認した。
「あなたは、植物配線に詳しいんですか?」
「さて、どうだろうな」
ポーリンさんが持ってきた水を飲みながらいう。
「はあ、またそうやって意地ばっかり張るんですね。じゃあ、私から教えてあげます。この人は元アイニーパブロフの研究者で、植物配線開発の第一人者なんですよ」
まるで自分のことのように、誇らしげに少女は語った。一歩キープリンは苦い顔をしている。
「そんなこと、どうでもいい。もう昔の話だ」
立ち上がると、どこかに歩いて行った。足取りはおぼつかない。やはり、のぼせているのだろう。支えるように少女がついていく。やはり、僕より身長が高い。
「二人とも黙っちゃって、どうしたんだい?」
ヤオさんが色茶を飲み干した。
「あの二人は家族なんですか? とても親しいようですが」
「そうだねぇ。家族のようなもんだろうね。小さい頃から一緒に居たから」
ポーリンさんは二人の後ろ姿を眺め続けていた。
「ほらほら、もうさすがに店じまいだよ。そこでぐったりしてる二人をなんとかしなくちゃね。あんた達、多分明日も忙しいんでしょ?」
ポーリンさんが笑っている。僕はイトを、ヤオさんはラム・シュウを担いでここの出口に向かった。
車に乗り込んでから動き出すまで、ポーリンさんは門の前で僕らを見届けてくれていた。
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