・九

 中からここの主であるお婆さんが出てきた。

「お待ちしておりましたよ。ユアン様でございますね。本来、この時間は関係者専用なんですがね、どうも退っ引きならない理由があるということをお聞きしまして、でしたら是非この時間に使ってくださいと、そういうことになっております」

 お婆さんはとても細い。シワもとても多いのだが、しかし、年齢が分からない姿勢はよく、若々しい声で、視線は鋭いからだ。

「ところでね、そんな心配は無用だと思いますが、一応言わせていただきますとね、騒がしいのは禁止でお願いいたします。なにせ、この時間にお呼びしている方々はみんな静かなのがお好きなのでね」

 一人の男が門から出ていく。お婆さんは軽く会釈した。しかし、声を出すことはない。男の方も軽く会釈して出て行った。

「では、こちらへどうぞ」

 お婆さんはスイスイと廊下を歩いてゆく。僕らは静かに着いて行った。

 やはり、昼間来た時に比べると人がいない分広く感じる。しかし、寂しい感じはしない。それは床や壁に、人の匂いが残っているからだった。

「お客さん、別に喋ったっていいんですよ。注意されたらやめるくらいの気持ちでよろしいんですよ」

 お婆さんは笑わなかった。ただ、その興味のなさそうな感じが却って安心感を生み出しているように感じる。

「お婆さん、ここって水着売ってる?」

 早速イトが話しだす。ただ、とても小さい声でだ。お婆さんも、同じくらい小さい声で返事をした。

「すまないね。水着はないんだよ。泳ぎたいなら、人がいない時にしなね」

「違うよ。お風呂で泳いだりしないって」

 イトは、小さな声で喋ること自体を楽しんでいた。そこにヤオさんも加わる。

「実はですね、温泉に入る時ひとりじゃ寂しいというので、水着でも着て一緒に湯に浸かろうかなと思っていたんですが」

「そうかい。でも、難しいな。なんせ、指で数える程度の人しかいないけど、いることには変わりないからね」

「そうですか。ですって。イトさん」

 イトの視線が上を向く。なにか考えがあるらしい。

「じゃあさ、お婆さん一緒に入ろうよ」

 お婆さんは歩きながら静かに言った。

「ちゃんと静かにするんだよ」

「もちろんよ」

 イトはさらに小さな声で言った。


 しばらくして、更衣室の前に着いた。僕らは青い布が掛かった方に入る。

「じゃあ、また後でね」

 ラム・シュウの言葉を皮切りに、僕らは別々になった。

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