・二

「あら、大丈夫! ほら、私のあげるよ」

 さっきの中年の女性が様子の異変に気づきやってきた。

「えっと、大丈夫です。また貰えばいいんで」

 イトは節目がちながらも、その女性に気を使っている。

「あの人、ずっとあんな調子なのよ。困っちゃうわよね。気にしないでいいんだからね」

「ええ、気にしてません、ありがとうございます」

 中年の女性は、遠くにいる男を一瞥しながら、去って行った。

「イト、大丈夫? 僕の食べてていいよ」

 味噌汁を渡すと、イトは少しだけ飲んだ。

「あったかいね」

 そうして返される。

「ちゃんと自分でもらってくるよ」

 そう言って、イトはまた列に歩いて行った。追いかけようとすると、ラム・シュウに止められる。

「一人、で大丈夫なんじゃない」

 むしろ一人にした方が良いと、そう伝えたいようだ。僕は追いかけるのをやめた。

 イトから返された味噌汁を飲むと、花の香りがした。


 結局、立ったまま食事を終わらせた。わずかにいる植物配線者の様子を見ると、皆どこかやつれているように見える。

「さて、あとは泊まる場所ですね。まあ、この状況です。きっと誰かが準備してくれてるはずですし、もし準備されてなかったら、この城の管理者を恨みながら私たちでなんとかするしかありませんね」

 ヤオさんはまた長い前髪を手で払った。昨日に比べて髪のさらさらしか感じが無くなっている。

「とりあえず。管理者のところに行こうか。僕、少しは顔馴染みだし」

 ラム・シュウが言うと、イトが反応する。

「ラム・シュウって、かなり顔が広いよね」

「まあね」

 意識していつも通りにしているような違和感を感じつつも、少しずつイトが元に戻ってきていることに安心をしていた。


 ヤオさんの運転で城を回る。どこも人が溢れている。床に座ったりしている人が多い。

「僕の予想が正しければ、管理者は全く動いていないね」

「はは、私もそうなんじゃないかと思っていたところです。いったい、ここの管理者はどんな人なんですかね?」

 僕は研修の後半でここにきた時のことを思い出した。覚えている限りでは、ここの管理者はとても厳格な人だったはずだ。

「たしか、クオンさんでしたっけ?」

「よく覚えてたね、ユアンくん。彼はこの事態にじっとしているはずがないんだけどな。ちょっと心配だね。いや、かなり心配だ。ヤオくん、管理者の場所は分かる?」

「もう向かってますよ」

「ありがとう。なるべく急いで欲しいな。絶対に手遅れなんてごめんだからね」

 声は落ち着いているが、布に隠した細い枝がパチパチ音を立てている。

 焦ってはいるが、どうすることもできない。車の速度を出そうにも、道路にまで人が溢れていてなかなか進むこともできない。

 車が止まるたびにラム・シュウの腕の枝がパチパチと音を立てる。


 クオンさんの家は田んぼと畑が取り囲む場所に建っている。家の前の舗装された道には車が置かれっぱなしになっていた。

 管理者の家は基本的に出入りが自由のはずだが、閉め切られている。

「案の定だね」

 ラム・シュウがドアをガチャガチャしながら言った。

 ドアが開かないのはもちろんのこと、窓からも中が見えない。木の板が打ち付けられている。急いでやったのだろう、サイズが全然合っていない。

「どうしますか?」

「もちろん、無理やり開けるよ」

 ラム・シュウは無数の細い枝をドアの隙間から滑らせ、内側から鍵を開けた。

「便利な体になったものだよ」

 そう言って笑っている。

 僕はその枝になった腕のことについて、なにも聞けないでいた。ヤオさんも、イトも同じだろう。本人は便利になったと冗談まじりに言うが、あまりにも人間離れしてしまった姿だ。本当はどんな気持ちでいるか予想がつかなかったし、その気持ちに触れる可能性があると思うと、なにも聞けないでいた。

「ヤオくんには見張りを頼んでもいいかな?」

「はい。お任せください」

 ヤオさんは笑顔を崩さない。

「あの、ラム・シュウ」

「どうしたの? ユアンくん」

 すでに家の中に入りそうなラム・シュウを止めた。

「イトも、ヤオさんと一緒に見張ってもらった方がいいと思うんですが」

 僕は家の中から少し嫌な匂いを感じていた。それは、腐臭。それは、僕じゃなくてもわかるほどだったと思う。もし、予感が当たっていれば、その状況を今のイトに見せたくないと思った。

「そうだね。たしかに管理者の家に侵入するんだ。見張りは一人じゃ心細いか」

 イトはあまり興味がなさそうだった。

「わかった。私、ヤオさんと待ってる」

 そのおかげで、すんなりと話が進む。ラム・シュウはうなずくと、家の中に足を踏み入れた。僕も続く。

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