第四話 永遠の城

・一

 地面が大きく揺れた。今までの地鳴りとは比べ物にならない。

 外はもう暗くなっていて、イトは寝ていた。

「目が覚めたみたいだよ」

 ラム・シュウがロン・ダン・ガイの方を見て言った。今の揺れで僕も目が覚めたのだが、触覚で目を擦ろうとしたが、取り外したままスーチライトの本社に置いてきてしまったこと思い出した。あの身体検査がたった数十時間前だとは信じられなかった。

「なにかあったんですか?」

 自分の手で目を擦りながら聞く。

「これからなにかが起こるんだろうね」

 ヤオが車を止めた。イトは眠ったままだ。車に置いて僕らは外に出た。三人でロン・ダン・ガイにそびえ立つスーチライトの本社を眺めた。

 龍木でできた立派な建物は、根元から倒れた。果たして、倒れた先にいた人々は逃げることが出来たのだろうか。そんなことが確認できないほど僕らは遠くにいる。

 倒れた地面から、巨大な生き物が現れた。上半身は人に見える。腰のあたりからは昆虫のようになっていた。羽がついていて、空に飛ぼうと羽ばたいているが、体が重すぎるのだろう。全く地面にくっついたままだ。

「————」

 巨大な生き物が泣いた。なにを言ったのかはわからないが、確かに泣いていた。低く、低く。

 そして泣き終わると、今度は物凄い光をはなった。緑色の淡い光。

「ホタル、のつもりなんでしょうか?」

 ヤオが呟いた。言われて気がつく。そうだ。あれはホタルだ。僕らが夜に見に行ったホタルなんだ。

 きっと、あの巨大な生き物はクラウなのだろう。ただ、そのことは口にしなかった。ラム・シュウも黙ってその光を見ている。

「ヤオくん。今日はもう休もうか。君も運転しっぱなしで疲れたでしょ」

「まだまだ行けますよ。と言いたいところですが、さすがに疲れましたね。お言葉に甘えて休憩させていただきます」

 車に戻って朝まで休んだ。

 しかし、眠ろうとしても、巨大な生き物の鳴き声と光が交互に訪れ、なかなか眠りにつくことができなかった。わずかにイトのすすり泣く声も聞こえているような気がした。

 日が昇ると、巨大な生き物は静かになっていた。


 よく晴れた空だ。

「永遠の城まで食事がないわけですが、みなさん、我慢してくださいね。三時間くらいで着きますよ」

 本日二度目のアナウンスだ。なんでわざわざそんなことを言うのか考えていたのだが、きっと、僕たちがあまりに静かなので、心配しているのんじゃないかと結論付けた。

 思っても、口にするほどの体力が残っていない。それは、精神的な体力だ。外を見れば、すぐに巨大な生き物が目に入るのがとても辛い。いつも笑顔のラム・シュウにさえ今は影を感じる。

「やっぱり飛ばしていきますね。二時間で行ってみせましょう」

 長い前髪をわざとらしくかき分けて、ヤオさんはアクセルを強く踏んだ。体が椅子に張り付く。

「私、ずっと車に乗ってるな」

 イトが、スーチライト本社をを出てから初めて言葉を話した。とても小さい声だが。

「そうだね」

 返事はない。それでも、喋ったのだから少しだけ安心した。


 ヤオさんの言うとおり二時間で永遠の城に着いた。繁栄の城に比べると、道などは少し舗装されている。とは言っても、ロン・ダン・ガイとは比べ物にならない。

 僕の記憶ではそこまで人はいなかったはずだが、いまは多くの普通の人がごった返している。

「みんな、ここに逃げてきたんだね」

 ラム・シュウが人だかりを見て言った。右腕は大きな布を覆って隠してある。体もずいぶん動くようになったようで自分の足で歩いている。

「さあ、まずは食事にしましょう。みなさん、なんだか元気がないようですから」

 ヤオさんが先陣を切って歩きだすのに付いていく。一体どんな料理を食べるのか鼻を利かせてみたが、疲れているからだろうか、まともに匂いを嗅ぐことができなかった。

「こっちです」

 広場の方だった。確かにあそこでは、無料の食事が提供されていた。僕は使ったことがなかったが。

 広場の真ん中で、味噌汁と野菜を煮込んだ鍋と、米が詰まった釜が置いてあった。周りには人が多く集まっているが、きれいに列を作って穏やかに食事をしている。

「実はね、普通に食事処もあるんですけどね、こう言った場所でみんなとご飯を食べるのって、すごい良いんですよ。体験談です」

 ヤオさんが笑う。そして味噌汁とご飯をとりに行った。ラム・シュウも馴れた様子でとりに行く。

「イト、行こうよ」

 動きの悪いイトの手を引いて、僕もご飯を取りに行く。


 別々に動き出したが、結局同じ列に順番に並んでいると、後ろから知らない人に声をかけられた。中年の女性だ。

「あら、あなた植物配線?」

 どうやらイトのことを言っているらしい。いろいろ面倒になるのを避けるために、そうですと答えた。

「あら、気の毒ね。でも頑張って」

 なにが気の毒なのだろうか。ふと周りを見渡すと、植物配線の人はかなり少ないように思える。

 ラム・シュウもそれに気が付いたのだろう。

「いえいえ、でも、あんなに流行っていた植物配線が気の毒とはどういうことなんでしょうか?」

 中年の女性は、すこし周りを確認するとすごく小さな声で僕たちに話してくれた。

「あら、あんまり大きな声じゃ言えないけどね、昨日、ロン・ダン・ガイが揺れたでしょ。その時にね、植物配線の人たち、龍木になっちゃったらしいわよ。意識があるんだかないんだか、それすらわからない状態。きっとここの人たちの中にも、家族だそうなった人がいるだろうから、あんまり大きな声で話しちゃダメよ」

 そして、食事をもらうまでの間、その話には触れずになんでもない話をした。

 両手に米と味噌汁を持って、食べる場所を探していると、今度は五十代ほどに見える男性が近づいてきた。

「ねえ皆さん、こうやっていろんな人と話していると気持ちが落ち着いてくるでしょ。触れるべきは優しさなんですよ」

 ヤオが得意げに言う。確かに、イトも食事をもらってから少し目が合うようになっていた。僕も、気持ちが少し落ち着いてきているのを感じていた。

 五十代の男性がイトの前に立つ。そして怒鳴るように言った。

「お前も、すぐにイカれちまうんだよ! 俺からの忠告だ! こんな飯ももう食べる必要ないよ!」

 イトの手の味噌汁と米を弾くと、その男は足早に広場から立ち去った。

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