、十二
左の肩を、誰かに叩かれている。
「イトくんは本当に元気だね」
ラム・シュウの、いつも通りの軽い調子の声がした。
僕はまた幻を見ているのだろう。口元の布をキツくしめる。
「一つ、聞いてもいいですか?」
幻と分かっていても、ラム・シュウに聞いておきたいことがあった。
「もちろん。どうしたんだい?」
「僕は、イトを追いかけるべきでしょうか?」
ラム・シュウは黙りこんだ。僕は振り返る。
「君は、死んだはずの僕を見ようとする勇気があるんだ。追いかけるべきだと思うよ」
そこには、ラム・シュウがいた。ただ、地面に立っているわけではない。枝に実ったブドウのように吊られている。
ラム・シュウを吊っている無数の枝のまとまりは、右腕があるはずのところから伸びていた。無数の枝は、地面を刺しながらその体勢を守っている。
僕はとっさに身構える。武器はないが仕方がない。
「ちょっと、やめてよユアンくん」
無数の枝が小刻みに動き、ラム・シュウが後ずさる。
「僕、瀕死なんだからさ」
笑いながらそう言う。様子がおかしい。幻にしてはあまりに鮮明だし、化物にしては敵意がなさすぎる。
「本当に、ラム・シュウ?」
「わかってもらえたなら、とても嬉しいよ。まあ、いろいろ聞きたいことがあるだろうけど、まずはイトを追うことにしよう。早くしないと手遅れになりそうだしね」
ラム・シュウが揺られながら近づいてくる。枝以外の部分は動かせていないように見える。
僕はまた向き直り、穴の中に進んだ。後ろからラム・シュウのかさかさと歩く音が聞こえてくる。瀕死の割に、結構速い。
「止められますかね」
「どうだろう。まあ、君次第だろうね」
走りながら喋るので息が上がる。でも、こうでもしていないと、途中でまた向き直ってしまいそうだった。
「僕、次第ですか?」
「もちろん。それにさ、今の僕は切り刻まれる対象でしょ。見た目的に」
そう言うと、声に出して笑い出した。枝で動いている分体力の余裕があるのかもしれない。僕は、体力的にも精神的にも、笑っている余裕はなかった。
「ごめんごめん、一度死んだようなもんだから、少しハイになってるのかもしれないね」
そうして、反省したのか静かになった。心なしか枝のカサカサいう音も小さくなっている気がする。
向こう側は、異様なほどに静かだった。
もう、すでにことは終わっているのだろうか。逆に、イトがやられてしまっている可能性もある。
ただ、なにが起こっていようとも進むしかなかった。
クラウの匂いが強くなってくる。もうすぐでさっきの場所だ。
「不安になる静けさだね」
どこか余裕そうなラム・シュウの言葉は、穴の中でわずかに反響し、繰り返された。
一瞬、嫌な静寂が訪れた。いままでも静かだったが、それとは質の違う静寂だ。視力が奪われてしまったような、完全な静けさ。
そして、やはりといったところか、直後に壮絶な音に襲われた。
とても高い音が高速で何度も響き、耳が痛くなる。
「始まったね」
後ろから聞こえる呑気な声を無視して、全速力で走る。
間も無くしてたどり着くと、巨大な瞳に剣を突き刺そうとしているイトがいた。
「まって!」
僕は止まらず、イトに後ろから抱きついて、巨大な瞳から引き離す。
あっけなく、イトは離れ地面に座り込んだ。
そのまま、立ち上がらない。
「ちょっと、離してよ」
力なくイトが言った。その表情は、今まで見たことのないものだった。
なにか声をかけたいのだが、どんな言葉をかければいいのか分からなかった。イトが怒っているのか、悲しんでいるのか、それさえ分からない。
イトも、僕になにかを分かって欲しそうなのだが、なにを分かって欲しいのか、言いたくない様子だった。
そのまま無言でいると、ラム・シュウがゆっくりと入ってくる。
「よかった。間に合ったんだね」
そして、巨大な瞳に近づいていた。
「危ないですよ!」
僕は上がった息を無理やり押さえ込み言うが、全く無視される。
「たぶん、ユアンくんが一番危ないんだよ。丸腰だし」
そう僕に言うと、右腕があるはずの場所から伸びる細い枝を巨大な眼球に突き刺した。
「慌てないで大丈夫。僕はちゃんと君たちの味方だから」
巨大な眼球からぷちぷちと音が聞こえる。
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