、八

 しかし、僕もイトも声がする方に飛び出した。

 非常口が壊れ、右腕のないラム・シュウが地面に倒れていた。

「ラム・シュウ!」

 イトがラム・シュウ名前を呼ぶ。しかし、もうすでに返事をできないようだ。

 ただ、呼吸はしている。止血のための道具を探そうとすると、非常口の向こうから男が出てくる。

「おや、避難指示、出てたはずですが……」

 見覚えのある顔だ。というよりも、さっき会ったばかりじゃないか。スーチライトを立ち上げた人間。モク・ユク。

「おい! これは一体どういうことだ!」

 モク・ユクは僕を見て薄ら笑いを浮かべている。

 イトはラム・シュウに声をかけ続けていた。

「ちょっと、ラム・シュウ、なんとか言いなさいよ」

 しかし返事は無い。モク・ユクは薄ら笑いのまま辺りを見回した後、僕の方を見た。

「ラム・シュウ君はもうだめ、な様ですね」

 と大して興味もない様な声で言った。僕は、頭に血が上っていくのを感じる。

「ユアン、っと言ったっけ? そんな目で睨むなよ。私がなにをしたんだい? え?」

「死ね!」

 ヘルメットのナイフを取り出しながら、モク・ユクに向かって走る。まず、狙うのは目だ。

「私を殺そうとしているのかね」

 随分と余裕そうにゆっくりと喋っている。そして微動だにしない。なにか罠があるのだろうか?

 それでも僕はアイツを殺そうと走る。数秒で目の前に着き、右手に持った刃物を、モク・ユクの目の位置で真横に振る。左目から順に切れ、開いた肉から血が流れ出す。

「おぉーぉおおぉーほほぉ!!」

 気味の悪い叫び声を出しながらモク・ユクは後ろに倒れた。

 拍子抜けするほど、簡単にモク・ユクの視界を奪ってしまうことが出来た。

「ハハッ、なにも見えないぞ」

 血を涙のように流しながら笑っている。その光景に僕はひどく動揺した。

「どうした? 視界を奪うだけか?」

 挑発する様なことまで言う。ふと、匂いを感じた。モク・ユクが出てきた明るい部屋からだ。

 少しづづその匂いが強くなっていく。甘く、脳が痺れる様な感覚だ。息を止めなくちゃいけないと思いながら、僕は大きく息を吸った。甘美な呼吸だ。

「ほう、こんなこともできるのか。素晴らしいっ! 素晴らしいっ!」

 モク・ユクがなにかを言っている。僕も、なにか素晴らしい様な気がした。思えば、なぜ僕らはこんな事になってしまったのだろうか。夢でも見ているのかもしれない。こんなおかしな夢だから、モク・ユクが僕を笑ってるのだろう。 

「惑わされないで! まだ目を潰しただけ」

 遠くで誰かの声が聞こえる。いったい誰の声だったか。なぜだろう、よく知っているはずなのに思い出せない。

「ユアン! しっかりして! どうしたの!」

 また、誰かが僕の名前を呼んだ。ユアン、とは確か僕のことだ。でも、大きくゆっくりと呼吸をすれば、甘い匂いが肺胞を満たして、そんな事なんてすぐに忘れることができる。

 いつの間にか、僕は自分の家の前の玄関にいた。

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