、六

 地面が揺れ続けている。地響きが鳴り止まない。

「イト、まずはしゃがんで!」

 どこかに向かおうとするイトにラム・シュウ怒鳴るように呼ぶ。

「ロインとクラウを助けにかなきゃ!」

「今動くのはまずい!」

 そう言いながらラム・シュウは、非常ベルが鳴っている壁際に近づき、小さな突起を思いっきり引いた。静かに壁が開き、中から緊急時用のヘルメットを取り出す。

「これをかぶって!」

 ラム・シュウはみんなにそれを配る。僕もかぶりながらイトにもヘルメットを渡そうとするが、すでにクラウのいる方に走り出していた。

「ちょっと、待ってよ」

 仕方なく追いかける。ラム・シュウがなにか言っていたがよく聞こえなかった。

 そして、仕方なくついて来ているようだった。

「おーい、せめてヘルメットはつけろー」

 とラム・シュウが大声で言っている。僕はなんとかイトに追いつき、ヘルメットを渡した。

「かぶれば良いんでしょ。かぶればさ!」

 イトは僕から受け取ったヘルメットを乱暴に受け取ってかぶった。

 髪の色が少しだけピンク色になっている。あの時のように。

 また地面が揺れる。


 棚に置かれた薬品や、様々な管が倒れた。ロインが行った方を追いかけているはずだが、追いかけるのは難しかった。

 このフロアは細い廊下と小さな部屋が何個も隣り合わせになっている作りで、地図があっても迷子になってしまうだろう。

 何度も通り抜けた部屋の中で、身体検査で使われていたディスプレイ付きのコードが、うねうねと地面を這い回っている。この揺れで誤作動を起こしているのだろうか。その姿は、僕にあの怪物を思いださせた。

 クラウの匂いはしているが、そのほか様々な薬品の匂いで正確に追えない。イトがどんどん進んでしまうのも厄介だ。何度も同じ部屋を通っている気がする。

 イトは床に散らばった薬の瓶や病人たちの記録が残る書類を容赦なく踏みつけながら走っている。僕は足首のあたりに傷を増やしながら見失わないように着いて行くのが精一杯だ。ラム・シュウが後ろから落ち着いてと僕らに声をかけ続けているが、イトの耳には届いていない。

 た地響き。今回はそれに呻き声が足されていた。

「うぅ、いぃいいうぅ」

「声?」

 イトが苛立つ。

「ああ゛あぁぁぁ!」

 その呻き声で、赤い緊急用の電気が消えた。真っ暗になる。非常ベルも鳴り止んだ。

 僕は立ち止まり、触覚の光をつけようとするが、健康診断の際に外されていた。暗闇のままだ。

 流石にイトも走るのをやめていた。

「どうなってんの!」

 イトが叫ぶ。僕はしゃがみながら呼吸を整えた。深く深呼吸をする。そうしてあることに気がついた。

「まって、クラウはこのフロアにいないかもしれない」

「え?」

 もう少し落ち着いて匂いを嗅いだ。下の方から来ている。これは確かにクラウの匂いだ。それを伝えようとすると、後ろから光が差す。

「二人とも気をつけて走ってよ! もう」

 ラム・シュウが疲れ果てた声で言った。ヘルメットのフチから光が放たれている。天使の輪っかで頭を締め付けているみたいだ。

「このヘルメット、光るんだ。どうやるの?」

 とラム・シュウに聞きすぐに光をつけた。僕も続けてつける。光に照らされたイトはさっきより落ち着きを取り戻している。

「で、クラウはどこにいるの?」

 僕は二人に話す。

「クラウはもっと下の階にいると思う。匂いがするから」

 話しながら、ラム・シュウの表情が変わっていくのに気がついた。しまいには頭を抱えている。

「はあ、怪しいなって気がついてたのにさ。こんなに直ぐに動き出すなんて」

 イトがそんなラム・シュウを気味悪がって少し僕の方に寄って来た。

「え、なに? やめてよいきなり。なんなの?」

「え、あー。ごめん急に。自分の不甲斐なさに思わずね。ねえユアンくん、もう一度聞くけど、クラウはもっと下の階にいるんだって?」

 ラム・シュウの目は今までになく真剣で、目を離せばその瞬間にバラバラにされる錯覚を覚えた。僕は文章を朗読するように正しく話す。

「クラウの匂いは、確かにもっと下の階からします」

「そうか」

 僕の返事を聞いて、じっと黙り込む。次の言葉を待った。イトもポケットに手を突っ込みながら静かに聞いている。

「実は、これより下の階は、思考者と呼ばれる人しか入れないんだ」

「思考者?」

 そんな言葉は、聞いた事がなかった。

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