、二
奥はさっきまでの部屋の雰囲気とは違い、工場のような雰囲気がある。とても乾いた電球の光、なんの工夫もない壁、地面は剥き出しのコンクリートだ。
全体が灰色がかっている。
地下に行くためのエレベーターの前には受付があり、白い植物配線の女性が座っている。
「ラム・シュウ様とユアン様とロイン様とお連れの二方ですね」
ニコニコと笑う彼女に僕らは呼ばれる。赤い口紅がよく似合っていた。
「ごめん、案内をしてくれる二人がまだ到着してないんだ。もうちょっとここに居座ってもいいかい?」
ラム・シュウが言うと、受付の女性はまたにっこりとした。
三十分ほど経った頃だろう。ロン・ダン・ガイまで僕らを乗せてくれた運転手の二人がドアを抜けてきた。一人は僕に植物配線のことを教えてくれた男で、もう一人は汗だくになった目つきの鋭い中年の男だった。ラム・シュウの車を運転していたのはこの男だ。
「皆様、大変お待たせいたしました。この街は車が使えないもので、少し離れにある専用の駐車場まで行かなくてはならず、遅くなってしまいました」
目つきの鋭い男がラム・シュウに向かって言った。
「大丈夫。分かってるよ。じゃ、行こうか」
「はい」
目つきの鋭い男は、エッジの効いた野太い声で返事をした。そして、若い男を小突く。
若い男は、洗い立てのようなサラサラとした髪を弾き、僕らに言う。
「お待たせしてすみません、ではご案内しますよ」
受付で鍵を受け取ると、僕らをエレベーターに先導してくれる。
車に乗っている時はわからなかったが、この若い男は正面から見ていると彫刻のような無機物みがある。
ここのエレベーターは、上から見ると綺麗な正三角形の形になっている。ここまで正確な三角のは少ないだろう。
それが六つあり、ひとまわり大きな六角形を形成していた。
一つのエレベーターに、五人乗るとちょっと角に追いやられる人が出てくるくらいの広さだ。四人くらいで乗るのが適切だろう。
「エレベーターってこんなだっけ?」
イトが六角形の周り歩き回って一言呟く。
「ここのはね。というか、イトはエレベーターを知ってるんだ」
僕が言うと、睨まれた。
「それってさ、バカにしてるの?」
「してないよ。ただ、自分が誰なのかわからない割に色々知ってるなって思ったんだよ」
「たしかに、それもそうだね。なんでだろ?」
「それはこっちのセリフだと思うけど」
「なに?」
イトがこっちに近づいてくる。今にも掴みかかって来そうだ。しかし、僕も迎え撃つ。
案の定、糸の腕が伸びて来たその時、
「まあまあ、皆さん。今はまだ体力を温存された方が良いのではないでしょうか? スーチライトは広いですよ」
若い男がニコニコとして言い、イトの動きが止まった。
「さて、ユアンさん。上に行きたいですか? 下に行きたいですか?」
「上なんてありましたっけ?」
「勿論ないですよ。ただ、希望を聞いただけです。では行きましょう」
一体なんのつもりかわからないが、どう言い返していいのかも分からず、ロインとラム・シュウの顔を交互に見た。
二人とも僕と同じようにキョトンとしていた。
エレベーターの内装は灰色で統一されている。掃除が行き届いていて清潔感があるのだが、その代わりに堅苦しさを感じた。
嫌な重力が体を乗っ取る。ここのに乗るといつもそうだ。速度が出ているのだろう。内臓が沸き立つ錯覚に陥る。
「凄い! なんか面白いね」
イトが手すりに腰を据えてはしゃいでいる。隣でクラウは苦い顔をしていた。
それを見てロインがイトの方に向いた。
「イトさん、こういうの好きなんですね」
「なに、そうだけど、それがどうしたの?」
なんとなく嫌な空気だ。ロン・カーの中のことを思い出す。ラム・シュウは笑顔を崩していないが、二人に注意を払ってるのがわかった。
「もっと凄い乗り物があるんですけど、今度一緒に行きませんか?」
いつものように淡々と言った。
「もっと凄い? いいじゃん。行こ!」
イトはさっきまでの険悪な雰囲気をすぐになくして、笑顔になった。心なしかラム・シュウもほっとしているように見える。
エレベーターが目的地までやって来た。低くブザーの音が鳴る。
地下五階、ここは様々な事務作業を行う部屋がある。
今回の事故の報告をする人はこの階にいて、運転手の二人が先導に立ち案内をしてくれた。
この場所に入るのは初めてだが、かなり騒々しい。
いくつか部屋が見える。が、すべてのドアは全開に開けられ中から荷物が飛び出していた。
廊下は広いのだが、部屋に入りきっていない書類やら鉱石が乱雑に置いてあり、その広さを全く感じさせない。
装飾用に使われる希少価値の高い鉱石も少しあるが、その輝きはこの喧騒で失われているように思えた。
若い男が言う。
「散らかっててすみません。はたから見れば、もっと綺麗になるんじゃないかとも思うでしょうが、ここの人たちに言わせれば、全て適材適所になってるみたいなんですよ」
にこやかに説明してくれる。
しかし、ラム・シュウは小さい声で、
「それでも、もっと綺麗になるはずだよねー」
と言った。
二人の運転手は肯定も否定もせずに苦々し苦笑った。
運転手の二人はもちろんのこと、ロインもこの光景に慣れているようで、足場を見つけスイスイと歩いている。ラム・シュウも同じように平然と歩いている。
逆に僕とイトとクラウは、どこを歩いて良いかわからず、慎重に身を寄り添って歩いていた。
ほとんど一本道のはずだが、迷子になってしまいそうだ。
「長々と歩かせてしまいましたね。こちらですよ」
他の部屋と変わりはないが、ドアがしっかりと閉じられた部屋の前にやってきた。
どうやらここが、目的地みたいだ。ラム・シュウが僕に耳打ちをした。
「これから会うのはモク・ユクと言う人で、このスーチライトを立ち上げた一人なんだ。まぁ、すごい優しい人だから怖がらなくてもいいけど、一応名前くらいは覚えておいて。モク・ユクだよ」
「分かりました」
目つきの鋭い男がドアを軽くノックした。中から落ち着きのある声が聞こえる。
「少しお待ちを。十秒ほど」
そして、声に出さずに時間を数えながら待った。
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