。十

 エンジンが静かに鳴っている。路面もきれいに舗装されているからだろう。揺れを感じない。

 ロン・カーの窓を開けようとした時、あることを思い出した。そういえば、僕はロン・カーに乗るのが苦手だった。様々な人の匂いが混ざり合っていて、その匂いを嗅いで車に揺られていると、酔ってしまうからだ。

 だが、今は植物配線者が多いおかげでほとんどが花の匂いに変わり、気分が悪くなり辛くなっていた。

 とは言っても、密閉された空間の空気は好きじゃないから窓を開ける。

 清々しい風が吹き込む。街も、花の匂いに包まれている。

 見慣れたような景色の中には、間違い探しのような変化があり、ある店が別の店に変わっていたり、空き地に店が立っていたりした。

 そう言った建物の中で、一際目立つ店がある。

「なあロイン、あの店はなに?」

「ああ、あれね」

 看板にはこう書かれている。『女性茶葉』

「私は嫌い」

 また、ロインは質問に答えてくれない。

 その店は屋台のようになっていた。外壁はなく、外から店の中が一望できる。

 店の中には、椅子と机がぎゅうぎゅうに置いてあり、大勢の人で賑わっていた。

 しかし、一際目を引くのは、店の前に置かれた透明な円柱だ。高さは二メートルほどあるだろうか。

 六つ置かれていて、その中には色のついた液体と、植物配線の女性水着姿で泳いでいる。六人の全員が、僕らの乗っているロン・カーに向かって笑顔で手を振った。何人かが手を振り返す。

「はー、あれが噂のか」

 ラム・シュウが興味深そうに眺めてから、手を振り返していた。ロン・カーはゆっくりと走り続け、女性茶葉は遠くり、見えなくなった。


「植物配線をした人がお湯に浸かると、特別な成分が分泌されるらしいんだ」

 ロインがまともに答えない代わりに、ラム・シュウが僕に教えてくれる。

「それでお湯の色が変わってたんですね」

「そうだね。色だけじゃなく、香りもつくらしいよ。味は付かないみたいだから、好きな飲み物と割ったりするのが一般的なんだって」

 飲んでみたい。あのきれいな色も興味を引く。

「あれには、神経に作用する成分が含まれてるの」

 さっきは質問に答えなかったロインが急に話に入ってくる。

「神経に作用って、どういうこと?」

「どんな効果を引き起こすかは、あの飲み物の元になった植物配線者によって様々。一概にはいえないけど、酩酊状態を引き起こすものが多いみたい」

 ロインが教えてくれる。たしかに、あの飲み物を飲んだ人たちの顔が少し昂揚していたような気がする。

「でも、そんな成分が入ってるなら、あんなに堂々と販売してていいの?」

「これから規制の対象になると思う」

 そうなのか。でも植物配線者が存在する時点で難しいんじゃないだろうか。ロインだって、お風呂に入るだけでその成分が出てしまうんだろうし。

「成分が分泌されるには、二十時間はお湯に浸からなきゃいけない。そのあいだ、水温は常に二十度から二十五度でキープし続けなくちゃならないから、少し面倒なの」

 そうなのか。

「でも、それくらいならやるんじゃないか?」

 ロインが首筋に生えた双葉を引き抜いた。

「罰則をつけて、一人二人違反者を見つければほとんどの人は自主的にやめるの。それでもやめない人はなにをしたってやめないから」

 そう言って、引き抜いたゴミをポケットにしまった。


 スーチライト前の停車場に着くまでの間、幾度も人がロン・カーに乗り込み、そして降りていった。

 植物配線をした人も多く乗ってきた。

 どうやら、ピンク色が多いみたいだ。その次に黄色。白はほんの少しだ。ロインのような青色はあまりいなかった。

 何色になるかは植物配線次第で、使ってみないと分からないらしい。ただ、青は珍しいようだ。そうロインが教えてくる。聞いてないことはやたらと話してきた。

 ロインと同じくらいの女性ばかりが植物配線をしていることに関して聞いてみるが、

「変なとこばっかり見てる」

 と言われ、また答えてくれなかった。

 ラム・シュウは周りを観察するように見ている。途中、目が合う。

「もうそろそろ着くね」

 その言葉にイトとクラウが反応する。

 「やっとかぁ〜」

 イトは小さく口に出した。そういえば、緑色の植物配線者は見なかったな。

 そもそも、この二人は植物配線と関係があるのだろうか? 記憶がないといってるが、何者なんだ?

 が、それもスーチライトで調べれば、いろいろと分かることだろう。

 ロン・カーが止まって、ラム・シュウとロインが立ち上がる。

「みんな、ついたよ」

 僕らはやっとスーチライト前の停車場についた。ロン・カーを降りると、スーチライトの本社は、近くで見ると天辺が見えない。もし、人間だったら、足首くらいしか見えてないんじゃないか。

「さぁ、行こうか。こっちだよ」

 そうラム・シュウが言い、僕らはついていく。

 停車場は入口の目の前だ。龍木につけられたガラス製の扉が付いている。

 ロインが扉を開け、僕らは中に入る。

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