。九
街の中心に見えるのは、天を突くほどの龍木だ。内側は全てくり抜かれ、巨大な建造物となっている。
『スーチライト』の本社だ。あの龍木は鉱石の割合が多く、木材と程よく混ざっていて、高い強度を誇っていた。
『スーチライト』の知恵と技術が詰まった建造物だ。
「実はね、あれだけ高く建っているけど、実際の業務は地下施設で行われているんだ。じゃあ、あのデカブツはなんの意味があるかっていうと、実務的な意味合いはないね。あれは、スーチライトの知恵と技術力を象徴するためにあるんだ。龍木の部分は登って街を見下ろせるようになっているんだけど、一般人向けに開放してて、ちょっとした人気スポットになってるよ」
ラム・シュウが本社を指差しながら言う。手には、木製のカップを持っている。中には入ったブラックコーヒーの最後の一口を飲むと、近くにある回収ボックスにそのカップを入れた。
「地下施設か。なんか、ジメジメしてそう」
イトが言う。きっと、洞窟みたいなのをイメージしていいるんだろう。
「そのイメージなら、実際に見たら驚くと思うよ」
僕は言う。入社後の二週間は本社に住み込んでいたから、イトの想像があまりに見当違いなのが分かっていた。
新人研修での住み込みだったから、あまり見て回れなかったが、きっと時間があっても回りきれなかっただろう。それぐらい広い。
しかし、研修で使った部分だけでもわかるのが、外よりも明るく、病院よりも清潔だということだ。
「ふーん」
イトがつまらなそうに返事をした。
クラウは街並みを不思議そうに眺めている。たしかに、簡易住宅のあの街を見た後にここに来れば、不思議に思うのも無理はなかった。
密集した家と商店、その建物のほとんどは八階建てで、隙間なくびっちり並んでいる。でも、道路と歩道は広く取られているので閉塞感はない。それなりに掃除も行き届いているから、街全体が白く輝いてる様な気がした。
僕の記憶とほとんど変わっていない。しかし、一つ大きな違いがある。それは隣にいるロインのような人が多いということだ。
髪の色が、ピンクや赤、黄色の人達で、おそらく植物配線を使っているのだろう。
よく知った街にそんな人たちがあふれているのを見るのは妙な感じだ。
「想像してたよりも、植物配線は浸透してるんだね」
ラム・シュウが街ゆく人を眺めながら言う。
運転手の男は、適性のある人だけが植物配線を貰えると言ってたが、その割にはかなり多いと僕も感じていた。
「結構、貰うのも簡単なのかもしれないですね」
「まあ、大きな病気がなければほぼ確実に貰えるから。データも集まってきて、量産の準備も整い始めてるし、これからはもっと増える予定」
「ロイン、詳しいな」
「当然でしょ」
ロインと話しながら、あることに気がつく。
それは男の植物配線者がいないことだった。
「お、きたきた」
ラム・シュウが指差す。やっと、ロン・カーがやって来た。
スーチライト行きのロン・カーはあまり混雑していなかった。昼間の乗客が少ないのは昔から変わっていないようだ。
ロン・ダン・ガイの街では、ほとんどの人が自転車、もしくはこのロン・カーに乗り込み移動をしている。
ロン・カーは長い車体で、五十人ほどが座って乗ることができる。端から端まで、いくつものロン・カーが行き来をしているから、車がなくても全く困らない。
僕らは全員が座ることが出来た。後ろの方に座る。
ちょうど五人の席で、真ん中にラム・シュウが座り、右側にロインと僕、左側にイトとクラウが座った。
酔いやすい僕と、外を見たいクラウは窓際に座った。
「あー、また車!」
イトが不機嫌そうにいう。思えば、機嫌が良かったのなんて、魚の燻製を食べた時くらいじゃないだろうか。
「じゃあ、歩いて行きますか?」
ロインがいつも通り淡々と言う。悪気はないのだろうが、イトの口角は奇妙に釣り上がった。
たぶん、不愉快なのだろう。
そんな二人の間に挟まれているラム・シュウは、僕の方を見て、笑っていた。いや、泣いているのかもしれない。
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