。六

 五分ほど歩き、気がついたことがある。どうやら少年は夜道に怯えているということだ。さっきから僕の近くを歩いていて、ズボンの裾を引っ張ってくる。

 それに比べてイトは、ライトで照らしてない真っ暗なところにも好奇心で歩いて行ってしまい、姿が見えなくなることがしばしあった。危ないので、僕が小型観測機のついているライトでその姿を照らし続けた。

 木々に囲まれた道は、イトの好奇心をくすぐるようだ。

「ここからライトの光を弱くするから。みんな僕から離れないでね」

 ラム・シュウがライトの光を小さくした。僕のライトは消すことにした。

 小さく纏まって歩く。少し上り坂を超えて、濡れた土と、綺麗な水の匂いがするその場所に着いた。

 ラムシュウがライトを消した。小川は月明かりを反射してほんのり明るい。

 イトが身を乗り出して川を覗こうとしている。危ないから腕を引いたが、引き返され抑えるのをやめた。

 クラウは星と川を交互に眺めている。

「いいところね」

 イトがなにかの葉っぱをくるくると回しながら言った。

「でしょ。でも、見せたいのは別にあるんだ」

 そしてラム・シュウが自分の口に指を当てて、喋らないように僕たちに促した。

 そのまま、僕らは静まりかえった。匂いがしそうなほどの静けさだ。

「もうそろそろのはずなんだけど……」

 と、ラム・シュウが小さく呟いた時、月明かりの光とは違う、小さな光の粒が現れた。瞬く間に一面に広がり、僕らを包み込む。

 じっとしていたり、ふわふわと浮かんでいたり、中には急に消えてしまうものもいる。

 星たちが、ここで夜空を照らす練習をしているようだと思った。

 イトとクラウもじっとその光を見つめていた。

 「これは、蛍の光なんだ」

 ラム・シュウの得意げな声が小さく聞こえる。

「綺麗な川にしか住めない。だからかな、とても繊細な光なんだよね」

「本当に、すごい綺麗。ずっと見ていたい」

 イトの瞳も蛍の光によって、より深く輝いていた。


 どれくらいの時間を、そうしていたのかわからない。けっこう飽きずに見ていたはずだ。魚が跳ねなければ、もう少し見続けていたかもしれない。


「おい! 魚!」

 一瞬で光の消えた小川を見て、イトが言った。そんな大きな声をだしたら、余計に光らないだろう。

「はは、すぐ消えちゃったね。まあ、その儚さもこの景色のいいところなんだよ」

 ラム・シュウはとてもおじさんっぽいことを言う。

 ライトがついた。もう、蛍の光をみるのは終わりらしい。

「ちなみにね。さっき食べた燻製はここの魚を使ってるんだ」

 「それって、獲って帰ればまた作れるの?」

 イトがすぐに反応している。まさかとは思うが、飛び込むつもりじゃないよな?

 ラム・シュウの顔が少しひきつる。

「まぁ、そうだけど、変な真似はやめ……」

 言葉を待たずに、イトが川の方に走っていく。凄まじい速さだ。ツタの怪物との戦いを思い出す動きだ。

「危ないよ!」

 そう言って僕は追いかけ、ライトをつけた。

 しかし、照らされていうイトはすでに川入っていた。川の水は波一つ立っていない。

 こっちまで緊張するほどの集中をしていた。

「見える! おりゃっ!」

 イトの声だ。あっという間に右手に魚を掴み、それを天に高く掲げていた。

 月明かりが魚を照らしている。

「もう獲ったの? 早い!」

 思わず声が出てしまった。ラム・シュウとクラウの方まで聞こえたらしく、笑い声がする。

「まだまだ獲るよ!」

 そしてまたイトは集中し始める。ラム・シュウとクラウも僕の隣で魚の手掴みショーを見ていた。


 イトが魚を十尾捕獲して満足したところで、僕らは車に戻った。

 車を走らせようとすると、クラウが僕の服を引っ張って、窓の外を指差した。

「あ、ラム・シュウ、ちょっと待ってください」

「どうしたの?」

「クラウが、もう少し蛍を見たいそうです」

「そっかぁ。じゃあ、もう少しだけ見てから帰ろうか」

 ラム・シュウが時間を確認する。あと、十分くらいは大丈夫らしい。

 イトは疲れて眠っている。

 車から小川を眺めるが、蛍は光ることはなかった。ただ、クラウは満足そうな表情をしてくれた。

「よし、じゃあ帰ろうか。なに、また見にくればいい話だよ」

 そして、僕たちの小さな旅は終わった。

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