。五

 食事が終わり食器を片付ける。あとは出発の時まで体を休めるだけだ。

 明日の昼に出発だと、暇な時間がかなりある。僕は外の空気を吸いに玄関を出た。

 この街の夜は静かだ。建っている家の数は多いが、大体は労働に疲れていて寝ているか、遠くの龍木を掘りに言っていて人がいない。

 僕はこの街の夜が好きだ。あまり開発がされてない分、空気が綺麗で星もよく見える。そう言えば、『ロン・ダン・ガイ』はきれいだけど、星なんか見えない街だったな。

「ユアンくん、お疲れ」

 ラム・シュウも外に出てきていた。マグカップを僕にくれる。

「飲みなよ。ミルクココアだよ」

「ありがとうございます」

「この後、なんか予定はあるの?」

「いや、特にありません」

 帰ってきたばかりの僕に用事なんてあるわけない。まあ、わかってももラム・シュウは聞くんだろう。

 勝手に人の用事を決めるような人ではないんだ。

「そっかぁ、あの二人。えっと、イトとクラウはどうかな」

「分かりませんけど、多分なにもないと思いますよ」

「まあ、直接聞かないと分からないよね」

 二階の窓から光が漏れている。イトとクラウが二階で本を読んでいるらしい。

「なにか用事があるんですか?」

「実はさ、みんなに見せたいものがあってさ」

 髪が風になびいた。生温い風が吹いている。

「見せたいものって、なんですか?」

 ラム・シュウがこちらを向いて、微笑んだ。

「ユアンくん、もちろん秘密に決まってるじゃないか」

 そして、声を出して笑いだした。二階の窓が開く。声に気がついたイトとクラウが顔を出した。

「なーに笑ってんのー」

 イトは落ちてきそうなほど身を乗り出している。心なしか、クラウはイトが落ちないように体を支えてるように見えた。

「君たちにいいものを見せたくて」

「なに! 早く見せてよ!」

「少し遠くにあるんだ。よし、見に行こうか」

「もちろんでしょ!」

 そして、夜のドライブが始まった。


 タイヤの大きな車に乗って暗闇を走る。

 ラム・シュウは髪の毛に編み込んだ小型観測機をうまく使い、車を運転している。開いた手で魚の燻製を食べていた。

「これ、美味しいじゃん。まだあるの?」

 助手席に座っているイトもくんも魚の燻製を頬張っている。すでにほとんどを食べ終わり、次をねだっていた。

「あるよ。魚さえあればもっと作れるよ」

「なに? これってあなたが作ってるの?」

 ラム・シュウが笑う。

「簡単に作れるからね」

「やるじゃん」

 イトが右手の拳を差し出す。僕とラム・シュウはその拳を見つめていた。

「ほら、あなたも私とおんなじようにして」

 ラム・シュウは言われてから同じように右手を差し出すと、イトがその拳同士を軽くぶつけた。

「はは、なにこれ?」

「信頼の証みたいなものでしょ」

 イトは言いたいことを言い終わると、笑顔になって魚の燻製をラム・シュウから受け取っていた。

 二人が美味しそう魚の燻製を食べている一方で、後ろの席に座る僕とクラウは、もらった魚の燻製が食べきれずにいた。

「クラウも嫌いなんだ。これ」

 僕の言葉にうなづいている。一口しか食べていなかった。

「食べきれないなら僕がもらっておくよ。あとで食べておくからさ」

 クラウはニコッと笑うと、僕の手を両手で包み込むように握ってきた。これも信頼の証だろうか? なんだか照れるな。

「なーに、困った時はお互い様だよ」

 僕のその言葉を聞くと、クラウはより強く手を握ってきた。この言葉は、サイモンさんがよく僕に言ってた言葉だ。結局なにも返すことはできなかったけど。

 魚の燻製を受け取ったその時、魚の燻製に夢中になって静かだったはずのイトがこっちを向いた。

「ユアン、独り占めはダメ」

「え?」

 息つく間も無く、イトは助手席から僕の方に飛んできた。

「それを、ちょうだい!」

「ちょっと、危ない危ない!」

 ラム・シュウの運転が荒れ、体が重力に引っ張られた。

「わっ」

 僕が持っていた魚の燻製が乱暴に奪われる。

「いーたーだーき!」

 イトのでかい声が響く。ラム・シュウは大笑いしていた。僕も、あまりに喜ぶイトを見て思わず吹き出してしまった。

 クラウは耳を塞いで表情を歪めていたが、そのあとすぐに笑った。

 多分、僕らが笑っていたからだ。


 それからイトは静かになって、もぐもぐと魚の燻製を食べていた。

 クラウは真ん中に乗り出して、ライトが照らす道をじっと眺めている。

 僕は少し眠くなり始めていた。

 目を瞑り始めると、もうすぐ着く、とラム・シュウが言って、それから間も無く車が止まった。体に負担が全くない丁寧な停止だ。

「さぁ、着いたよ」

 と、車を降りるよう急かされ、僕たちは外に出る。

「やっと解放ー」

 イトはそう言いながら大きく伸びをする。僕も凝った体をほぐしながら、ここはどこなのか聞いた。

「それはまだ秘密。もう少し行けば分かるよ」

 ラム・シュウは、小型観測機についているライトで進行方向を照らした。

 辺りは草木が生い茂っている。様々な花の匂いがした。龍木が狩り尽くされると、次にはもっと小さな木々が生えてくることはよくあって、ここもそういった場所と感じだ。

 近くには川が流れている。澄んだ匂いがしていた。それと濡れた土の匂い。

 しかし、他にはなにもなさそうだ。いった、ラム・シュウはなにを見せたいのだろう。

 となりでクラウは上を向いていた。夢中になって星を見ている。ラム・シュウは進み始めていて、イトに行くよ、と言われ僕らは歩き出した。夜の散歩に僕はワクワクしていた。

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