。四

 さっきの部屋に男の子と二人で戻る。ラム・シュウがそれに気がつくと僕の方を向いた。

「さっき聞き忘れてたんだけど、緑髪の二人の名前はわかる?」

「えっと……」

 そういえば、名前は聞いていなかった。だけど、サイモンさんが瀕死の状態でうわごとのように言ったあの名前が思い浮かんだ。そのことを話す。

「サイモンさんが、瀕死の状態でイト、とそう呼んでました」

「そうか、イト……」

 一瞬、ラム・シュウの顔が曇った。いや、気のせいだろうか。今はすでに、にこやかな表情だ。

「うん、まぁとりあえず、君達が休んでからまた確認しようか」

「はい。お願いします」

 男の子も頷いていた。ラム・シュウはまたパソコンに向き直す。

 それから少し椅子に座っていたが、することもなかったので、僕は男の子と寝室を見に行くことにした。

 木材でできたきれいな階段を上がり、二階に向かう。

 二階は所々に柱が建っている大きな一部屋だった。それとトイレが一つ。

 部屋の中は仕切り板でスペースが作ってあった。

 布団しか置かれていない。カーテンは遮光性で朝とは思えないくらい暗かった。男の子はあくびをしている。

「とりあえず、横になって待とうか」

 男の子は喜んで頷いた。適当なところに二人で横になる。

 少女がシャワーから出てくるまで、ちょっとだけ休もう……。


 ——植物のツタが体を締め付けている。耳元で声が聞こえた。

「お前も目覚めろよ。ほら」

 サイモンさんの声だ。声はするが、不思議と血の匂いがしない。体が大きく揺さぶられる。

「目覚めろ! 目覚めろ! 目覚めろ! 目覚めろ!」

 何度も何度も僕に言いながら肩を揺すってく。やめて。やめてよ。僕は……。

「目覚めろ! 目覚めろ! 目覚めろ! 目覚めろ!」

 やめて、やめてくれ……。

「起きて! 起きて! 起きなさいよ!」

 いつの間にかサイモンさんの声が女性のものに変わっている。

 いや、よく聞くと、緑髪の少女の声だった。

「うぅ」

 まだ寝ていたいのに。


 重い瞼を必死で開ける。遮光性のカーテンは開かれていたが、外はもう真っ暗だ。男の子はまだ隣で寝ていた。

「ユアン。もうそろそろ夜ご飯だって」

 起きてすぐの僕に少女が言ってくる。確かにカレーの匂いがしていた。玉ねぎと人参とジャガイモと、スパイスの匂いだ。

 生姜の匂いもした。隠し味に使うのだろう。

 そういえば、ここの食事は生姜が入っていることが多かったと思い出した。

 鼻が敏感になっている。いや、違う。元に戻ったのか。

 僕は、自分の鼻の効きが悪くなっていたことに気がついてなかったことに驚いた。

 隣で男の子は眠っていた。ただ、石鹸の匂いがするから、僕とは違い、シャワーを浴びてから寝たのだろう。

「先にシャワー浴びてくる」

「りょーかい」

 少女の返事を聞いてから、部屋を出た。

 その時、まだ起きない男の子を少し意地悪な方法で起こそうとしている少女の姿が横目に入った。


 暑いお湯を浴びてから浴室を出ると、ラム・シュウが作ったであろうカレーが今朝、パンを食べた机に置いてあった。みんなはとっくに食べ始めていた。

 ラム・シュウが僕を呼ぶ。

「さあさあ、食べよう!」

 僕も昨日と同じ席につきカレーを食べ始める。

「いただきます」

 少女と男の子はおかわりを少しだけもらっていた。

「あ、そういえば。ユアンくん」

「はい?」

「ロン・ダン・ガイには明日の昼ごろに行くことになったよ。で、向こうからお願いがあってさ」

「お願い? なんですか?」

「二人の名前を決めて欲しいんだって」

 少女が水を一口飲み、

「名前、か」

 と呟いた。

「君たちはこの名前が良い、とかはあるかい?」

 ラム・シュウが自分の皿を片付けながら聞く。

「うーん、私はなんでも良いかな。一号、二号とか。零号機と初号機なんかでも良いし」

「はは、だめだめ。ちゃんとした名前じゃないと。この名前は生活して行くうえでずっと使われるものだからさ。ユアンくんはなにかいいアイデアはある?」

 僕の頭に浮かぶのは、サイモンさんが言ったイトという名前だけだ。

「やはり、イトと呼ぶのが合っている気がします」

 ラム・シュウの表情は変わらない。僕は少しだけ新しい反応があるんじゃないかと期待していたのだが。

「サイモンくんが言った名前だよね」

「はい」

「なぜその名前が良いんだい?」

 サイモンさんが言ったから。だと思っているが、なんとなく、それとは違う思いも少しだけあった。

 少女と契約した時をおもいだす。もしかすると、その時に何か感じたのかもしれない。

「私、その名前が良いです。ラム・シュウ」

 返事に困っていると、少女が先に返事をした。

「え?」

 ラム・シュウが驚いている。でもその後、微かな笑顔になった。

「そうか、君がそういうなら、そうだな。やっぱりそうなんだろう」

 と、なにか納得したようにいった。

「じゃあ、正式に、君の名前はイト。そう本部に伝えておくね」

「ありがと。あと、弟の名前も早く決めちゃって」

「弟ね」

 ラム・シュウがまた少し笑った。そしてこんなことを言う。

「実はね、名前のアイデアがあるんだけど、聞いてもらっていいかい」

 メガネを触りながら、少女と男の子を見ている。

「いいよ」

 少女は男の子の肩に手を置いていった。

「クラウっていうんだけど」

 その名前は、とても男の子にあっているような気がした。

「私はその名前、良いと思う」

 少女も気に入っているようだ。肝心の男の子の様子を見てみる。

「クラウも、気に入ってるみたいだね」

 僕は笑顔の男の子にそう言った。

「じゃあ、決定でいいね。イト、クラウ」

 イトは軽く返事をして、クラウはこくりと頷いた。

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