。三

「それってつまりどういうことだと思う? ユアンくん」

 僕は素直に話す。

「サイモンさんが瀕死の状態から回復して、どこかに逃げたとしか考えられません」

 僕の言葉を聞くと、ラム・シュウは座り直しなにかを考えていた。

「そうだよね。龍木の群生地帯の中だ。本人が動き出さない限り、そこからいなくなるなんてありえない」

 隣の少女は、僕を冷たく一瞥している。男の子は突然訪れた静けさに戸惑っていた。嫌な沈黙だ。

「その、サイモンくんは怪物として回復してるんだよね」

「おそらく。普通の人間だったら、死んでる状態でしたから」

「うーん、大問題だね」

 そう言い、ラム・シュウは立ち上がった。そしてなぜか笑いながら、ふらりと部屋の奥に歩いていく。

 少女は、ラム・シュウがいなくなったのを確認してから、僕の方に来て耳打ちしてくる。

「いなくなったってどう言うこと?」

 明らかに熱のこもった声だ。

「さっき話した通りだよ」

 言い返すと、すぐさま肩を掴まれた。

「だから! とどめを刺してくべきだった」

「かもしれないけど……」

「ったく。あんな怪物に情けをかけるから」

 少女は当然のようにあんな怪物と言った。

「サイモンさんは怪物じゃない」

「いや、あの姿を見たでしょ? それでもユアンにとっては怪物じゃないの?」

「うるさい!」

 男の子の体がビクッと揺れた。僕の声を聞いたラム・シュウが慌てて戻ってくる。

「なになに! どうしたのユアンくん。ごめんね、まだ疲れてるのにいろいろさせちゃって」

 隣で少女が呆れたような顔をして、少年の肩を抱いた。僕だって、こんなふうになるのを望んで声を荒げたわけじゃない。

「あの、すみません」

「いや、無理をさせてる僕らのせいだからさ。謝らなくてもいいよ」

 ラム・シュウは僕をなだめ、また椅子に座ると灰色の猫がその膝に乗った。優しく背中全体を撫でている。

「三人とも聞いてね。とりあえず、今日のやることは終わり!」

 灰色の猫は口を大きく開けあくびをした。なぜかラム・シュウも同じタイミングであくびをする。

「ふぁーあ、おっと、ごめんね。で、君たちは明日か明後日にここでをでなくちゃいけない。うちの本社がある『ロン・ダイ・ガイ』まで行くんだ。ああ、忙しくてごめんね」

 『ロン・ダイ・ガイ』と聞いて、少し嫌な気持ちになる。そこは僕が生まれ、育ち、そして僕の家族が住んでいる、あの町だ。

 一つだけ喜ばしかったことは、今働いている炭坑会社、『スーチライト』の本社があったことだ。そのおかげで今の生活がある。

「本社に行ったら、そこでまた、いろいろ話すんだ。緑髪の二人もいろいろ聞かれるだろうなぁ」

 少女が怪訝な顔をする。

「いろいろ聞かれたって、なにも答えられないのに」

「まぁ、そう言わないでさ。おそらく、緑髪の二人はそこの答え次第で、これからどう生活して行くかが決まってくるはずだから。ちゃんとしなくちゃだよ」

「ふーん、わかった」

 少女は投げやりに答えてから、机に残っている冷えた半分のソーセージを頬張っている。

「よし、じゃあとはゆっくり休もうか。ここで休む? 家に戻る?」

 家、とは言っても仮で住んでる場所だ。あまり執着もないし、また歩いて帰るには僕は疲れすぎている。

 「ここで休めるんですか」

 「もちろん。寝室は上の階。トイレはあっち。シャワーと一緒ね。わからないことがあったらまた聞いて。僕はまだやることがあるからさ」

 ラム・シュウはそう言いながら灰色の猫を床に降ろしてから立ちがり、パソコンのある机に向かった。猫も静かについて行く。

「私、シャワー浴びたい」

 少女がぶっきらぼうに言う。男の子も隣で頷いていた。

「分かった。あっちって言ってたよね?」

 少女と男の子と一緒に僕もシャワーの場所を確認する。

「じゃ、ゆっくりね。僕は最後に入るから」

「ふーん」

 少女は僕の目を見ようとしない。

「私が先でいい?」

 少女が男の子の方に向き直って聞いている。男の子は頷いた。

 遠くからラム・シュウの声がした。

「あ、そういえば服はそこにあるのを適当に着ていいからねー」

「りょーかーい」

 少女はそう言って、シャワー室のドアを開け入っていく。一度しまったドアが少しだけ開いて、

「絶対覗くなよ」

 と一言いってからガチッとドアが閉められた。

 鍵の閉まる音がした。

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