。二
ラム・シュウの代わりに灰色の綺麗な猫が部屋の奥から出てきた。
僕たちに気がつくと、お辞儀のようなことをして、近くの椅子に丸くなって座った。
「や、待たせたね。ではこちらに」
猫の後を追うように出てきたラム・シュウが言う。とても身長が高い。髪も肩まであり、フレームの薄いメガネをかけている。
手招きされ、カーテンで仕切られている奥の部屋に行く。そこには仕事用の通信機器とパソコンと、様々な本が置いてあった。
八人くらいの大人が話し合いをできるくらいの広さだ。
部屋のど真ん中の机の上には、卵焼きとソーセージが乗った、食パンが置いてある。バターは端まで丁寧に塗られていた。
「さっ、細かいことは後にしてとりあえず食べて。仕事帰りの一番の楽しみはこれなんだからさ。あ、食べきれなくても全然いいからね。そしたら僕が食べちゃうから。ほら、席について」
そう言いながら、ラム・シュウが先に席に着き、僕らは向かい合う位置に座った。僕の隣に少女が座り、その隣に男の子が座る。
「私、飲み物が欲しいです」
少女は、どこで覚えたのか丁寧な言葉遣でラム・シュウに言った。
「おっ、ごめんね。今持ってくるよ」
部屋の隅の段ボールから水の入ったペットボトルを四本、持ってくる。
「はい、足りなかったら言ってね」
机の上にまとめて置くと、少女がすぐに手に取り、飲み始めた。男の子も同じようにしている。
僕は、バターで脂っこい食パンを口に含んだ。
「おっと、君はこれだよ」
ラム・シュウは足元にやってきた灰色の猫に何か餌をあげている。
「さて、僕もいただこうかな」
ラム・シュウも食パンを口に入れた。小さく口に入れて、すぐに飲み込む。
少女も男の子も同じように食事をしているが、お腹より喉が乾いているらしく、ペットボトルを二本ほど飲んでいた。
お腹が満たされてきた頃、ラム・シュウが口を開いた。
「さあ、お腹はいっぱいになったかな」
「はい」
「よし。それでね、もう少し休みたい所だろうけど、そういうわけにはいかなくてね。とりあえず、今回起きたことを話してもらってもいいかい? 一応の話は君たちを救助した別の炭坑夫から無線で聞いてるけど、直接本人から聞くのが原則だからね」
ラム・シュウは軽く微笑みながらも淡々と質問の準備をしていた。パソコンを手元に持ってきている。
「わかりました」
「よし、なるべく手短に行くから、我慢してくれよ。緑の髪の君たちもね」
隣に座る少女と男の子は、足元にいる猫と戯れながら、軽くうなずいた。
「まず、ユアンくんは、サイモンくんと一緒にここから南に三千キロ先の龍木まで約二日かけて行ったんだよね」
「はい」
「で、到着したところでひょっとこの面を被ったような怪物に出会った。そこでサイモンくんが倒れ、クロワッサン一台が破壊されたと」
「そうです。そのあと、僕もその怪物に襲われましたが、殺される直前に怪物の方が消えました」
「そして、そこに二人がいたんだね」
ラム・シュウが緑色の髪の二人を見た。
「私になにも聞かないでよ。ほんとに何が何だか分からないんだから」
少女は猫を抱き抱えながらぶっきらぼうに言った。
「わかったよ。猫はどう?」
「可愛いんじゃない」
「へー。でも、記憶がないのに普通の会話ができるし、猫のことも知っている。それはなぜなんだい?」
「知らない物は知らないし、知ってる物は知ってる。それだけ」
僕からみれば、少女は生意気なだけ見えるのだが、ラム・シュウは楽しそうに聞いていた。
「なるほどね。それで、君は喋れないと。だよね?」
男の子が小さく頷く。
「そっか。よし、じゃあ話を戻すけど、いい? ユアンくん」
最初から二人の答えを当てにしていない様子だ。あまり深く問いただそうとしていない。
「はい。僕はその後、この二人と一緒にクロワッサンでここまで帰ってこようとしました」
「その時、サイモンくんは荷台にいたんだよね」
「そうです」
パソコンのキーボードになにかが打ち込まれる。
「その後、龍木の群生地帯を君たちは抜けようとした」
「すみません。でも、そこを迂回すると、燃料が持たなかったので」
「うん、少し危険な行動だけど、結果的に正しい判断だったね。そのおかげで近くを通った炭坑夫のレーダーに君たちが映ったわけだし」
またパソコンになにかを打ち込んでいる。
「まあ、君たちは生きて帰ってくる運命だったんだろうな」
そう、ぼんやりと呟いていた。
「ええと、どこまで話したんだっけ? ああ、君たちだ群生地帯に入ったところか。そして、途中でまた化物に襲われた」
「はい。クロワッサンの荷台の中から怪物が現れました。そのあと、化物はなんとか簡易採掘用の刃物で行動不能にしました」
「うーん、そうか。聞いた話だと怪物の亡骸はかなりの量で、簡易採掘用の刃物なんかでできたとは思えないって助けた炭坑夫は言ってたけど……」
「でかいだけだったんですよ」
「そうなんだね。まあ、君がそういうのなら、そうなんだね」
あまり納得していない様子だが、キーボードを僕の言った内容通りに打ち込んでいる。
少女は怪訝な顔で僕を見ていた。しかし無視する。少女は僕が嘘をついていることを不審がっているのだろうが、これは少女のためだった。
なるべく、少女には普通の生活を送って欲しかったからだ。あの姿のことを話したら、きっと、ただではいられないだろう。
ラム・シュウが頭を掻いている。
「はい。じゃあ次。ユアンくんが怪物にとどめを刺そうと、その本体を見た時、それがサイモンくんだったということだけど、これも本当のことなの?」
空気が重くなる。猫は玄関から出て行ってしまった。
「はい。クロワッサンの荷台の中に入り込むと、サイモンさんの身体が怪物と繋がっていました。そして僕は……」
「言わなくていいよ。ごめんね、こんなことをまた思い出させてしまって。ただ、もう一度確認させて欲しい。その時は確実にサイモンくんは居たんだね?」
「はい。その時には確実に居ました」
「なるほど」
ラム・シュウは眉間にシワを寄せた。
「でも、君たちが救助された時には、すでにその姿はなかった。これも事実かい? ユアンくん」
「紛れもない事実です」
少女が小さい声で、うそ。と呟いた。
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