_七
「ごめん、ごめんなさい」
自分がここで死ぬとわかった途端、全てを許してもらいたい。そんな気持ちになっていた。罪を犯したわけではない。誰かを傷つけたわけでもない。傷ついていたのは僕の方だったはず。だけど、僕は何かを許してほしいと確かに思った。
しかし、いろいろな気持ちに決着をつける暇もなく、物凄い速さでツタに包まれる。僕らは密着した。
「私たち、さっきのクロワッサンみたいに小さな塊にされちゃうね」
少女はそんなことを言う。なぜか、今までの声色とは違っていて、とても余裕に見える。
「でもそんなのは嫌でしょう」
密着する中で、少女が僕の頭を撫でた。こんな状況で慰められても、無意味だと思ったが、そんな感情とは裏腹に、心は少しだけ落ち着きを取り戻した。
落ち着いたところでどうすることもできないのだが。
ツタの締め付けが強くなっていく。
「ねえ、私たちこのままだと死んじゃうよね?」
「ああ、そうだよ」
「ねえ、死にたい?」
死にたい? 何を言ってるんだ。
「バカ言うな」
「それが答えね。わかった」
その言葉を皮切りに少女の声色が大きく変わった。顔も体も宇宙の目も見えないが、中身が別人に変わっているように思える。
「きっと、これは私との契約になると思うけど、大丈夫?」
少女の試すような声が聞こえた。
どんどんツタの締め付けがキツくなっている。呼吸もしづらくなってきた。少女の言うことにも、気持ちが泡立ってあまりまともに取り合えない。
「ああ、なんでもいいよ」
「じゃあ私に教えてね。あなたの名前と、なにか大切な思い出を」
隙間を縫って少女は両手の指を僕の体に食い込ませた。血が出ているのだろうか。痛みは確かにあるが。
真っ暗のツタの中で、淡い桃色が光る。少女から発していた。
その光で、指が食い込んでいるところを見てみると、第一関節くらいまで入り込んでいた。しかし、血は出ていない。
一体どうなっているのだろうか。体に傷がついているようには思えない。元々、そこについていたような、そんな風に見えた。指は骨まで達しているのか、強い違和感を感じる。
そのまま、体の中に少女の肘までもが入り込み、体の中を迫り上がってきた。
お腹のあたりから入ってきた両腕が胸を通り越し、首を超えた。そして頬を通り、頭蓋骨の周りまでくると、そこを高音で振動させてくる。
そして、ゆっくりとめり込み始めた。くすぐったい様な感覚だ。中に入りこんだ少女の指が何かを探している。
脳味噌の中のどこを触っているのか、それが正確に分かるのが気持ち悪い。
体の締め付けはどんどん強くなる。
少女の手が脳を通り過ぎるたびに、そこにある何かを思い出した。しかし、通り過ぎると何を思い出したのか忘れてしまう。それは不安にも感じたが、心地がよくもあった。
忙しなく動いていた少女の手が止まった。何かを見つけたようだ。なるほど。これは僕の名前だ。少しだけ強く掴まれる。痛みがあった。
「ユアンね」
狭いツタの中で僕の名前が反響する。言い終わるとすぐさま頭の中の手が動き出した。
なにか僕の思い出を探しているのだろう。さっき言っていた契約のための思い出。
これはすぐに見つかったみたいだ。もしくは、適当な思い出を見繕ったのかもしれない。
さっきよりも扱う情報が多いからだろうか、触られるたびに大きな刺激が訪れた。思わず声が漏れる。僕はいったいどんな声を出しているんだろう。
もっと記憶を触って欲しかったが、彼女の手はゆっくりと頭蓋骨から抜けていった。
そして、完全に体から抜けた。僕とは別々になってしまった。
「では、改めて。あなたの名前はユアン。そして、私は戦うための記憶を共有した。契約は成立した」
突如、僕らを包み込んでいたツタが真っ二つに割れた。地面に投げ出される。
僕と男の子ははそのまま尻餅をついたが、少女は音もなく足から着地した。
そこにいた少女は、今までと全く違った見た目をしていた。
髪の色に桃色が混じり、華奢な体は、傷一つない鎧に包まれている。小さな手には身の丈ほどの剣が握られ、その切先はツタの怪物に向けられている。
その鎧と剣は、昔好きだった漫画で見たものとそっくりだった。
少女は言う。
「え、これは何?」
僕は口を開く。
「知らないの?」
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