_五

 そういえば、この二人は、姉弟なのだろうか。髪の色も同じだし、目の色も同じだ。顔も似ている気がする。何より、二人ともあの怪物から生まれていた。

 そのことを考えていると、いつの間にか僕は自分の妹のことを思い出していた。


 高校を中退した後、僕は自分の住む街から逃げ出したい一心で、住み込みのこの仕事についた。それが炭鉱夫だった。

 主な仕事内容は、龍木に含まれる鉱石や液体を採取することだ。ただ、街に近い部分の龍木はほぼ全て刈り取られてしまっているので、遠く離れたところに取りに行かなければならない。

 だから、龍木の群生地帯に簡易住居をまとめて建てて、そこに住み込みながら炭鉱をすることになる。

 住宅がまとめて建っているその一帯は、小さな村のようになるのだが、なぜか城と呼ばれる。結構楽しいところだ。

 しかし、最近はその城、繁栄の城と呼ばれているが、その周りの龍木も刈り取られ、ずいぶん遠くまで作業をしに行かなければならないことも多い。

 僕がこの仕事に就いて最初は、今住んでいる繁栄の城より、もう少しだけ街に近いところに住み込みが決まった。永遠の城と呼ばれている場所だ。そこでサイモンさんと出会いチームになった。


 サイモンさんと出会い、ちょうど二ヶ月が経った時のことだ。

 城には月に二回、綺麗な水だったり食事やガスを運んでくる人たちがいるのだが、その人々の中に妹がいた。僕は目を疑った。

 もともと、この物資を運んでくる作業は、家族や大事な人に会うという側面も持っている。だから、物資の配達作業は、炭鉱夫の家族が優先的に雇われるし、恋人も証明さえできれば、優先的に働くことができる。

 だから、兄弟や家族が来ること自体は全然珍しくない。だけど、理由がわからなかった。

 僕の妹、ロインは文武両道とか、才色兼備と呼ばれるような人間だった。

 と言っても、それは学校で聞くうわさの話だ。なぜなら、僕と妹はほとんど会うことがなかったからだ。家に帰っても、においに敏感な僕を両親は気味悪がっていて、それが嫌で僕はあまり部屋から出なくなり、家族と顔を合わさなくなった。

 だから、一体なにが目的で僕のいる簡易住宅に妹がやって来たのだろうと、考えていたのだ。偶然かもしれないと考えたが、もちろん必然で、妹がわざわざ僕のところまで来たのだった。

 妹は動きやすそうな作業着を着ていて、黒く長い髪は、かんざしを使って邪魔にならないようにまとめあげられていた。

 手には、給水用の青いポリタンクを両手で一つ持っていたが、見るからに細い線と、160センチほどの身長のせいで、見ていてとても心配になったのを覚えている。

 その時、僕の隣にいたサイモンさんも同じことを思っていたらしく、あいつ、大変そうだな。と僕に言った。その次に、おーい大丈夫かと、妹に向かっていつもよく通る大きな声で言った。大きな声を聞くと、いつも心臓がびくりと縮こまる。妹がじーっとこっちを見ている。

「あ、見つけた。ユアン」

 声の大きさの割に、抑揚のない声でそう言った。

 見つけたってことは、僕を探していたのだろう。

 小さな頃、まだ僕が両親から愛されていた頃に公園でかくれんぼをした時のことを一瞬、思い出した。たった一瞬。

「今、水持ってくよ」

 そして、ゆっくりと歩いて来る妹。サイモンさんが僕に聞く。

「え、どういう関係? っていうか知り合いなら言えよ」

 いや、まさか僕を探しに来てるなんて思わなかったんです。そう思ったが、サイモンさんは少しだけ、ほんの少しだけ気に障っているような雰囲気だったから、あまりくどいことを言わずに、シンプルに答える。

「妹です」

「そうか、こんな所まで来てくれて、いい妹だな」

 いつもなら、素直に言葉を返せばすぐ機嫌が戻る。だけどその時は少しだけ様子が違った。さらに機嫌が悪くなるわけでもない。ただ少しだけ悲しい目をしてこう言った。

「俺も妹がいたよ」

 いた。つまり、今はいないということだろう。その先が気になったが、それ以上のことは聞けなかった。

 ただ、サイモンさんのことが少しだけわかった気がした。


 急に現実に引き戻される。大きな揺れのせいだ。明らかにおかしい揺れだった。地面が揺れたのか、それともクロワッサンが誤作動を起こしたのか、何かがぶつかったのか。

 いやな想像ばかりか思い浮かんだ。もう少し長く思い出に浸っていたかったが、そんなに世界は甘くないみたいだ。緑髪の二人はぐっすりと眠っている。

 流石に、この揺れを放置するわけにはいかない。僕は覚悟を決め、クロワッサンの動きを止めた。

 あたりは、少しだけ光が入ってきているようで、真っ暗闇ではなくなっていた。

 わずかに見える視界の中、簡易採掘用の刃物を手に取り音のする真後ろに体を向き直す。クロワッサンの尻尾部分と操縦席とをつなぐ、人の腕ほどあるネジにきつく閉めついたボルトがガタガタと揺れていた。

 狭い操縦席の中で無理に体勢を変えたせいで、僕は少女と体が密着してしまった。薄い布一枚で隔てただけの少女の体温が感じられる。寝息が、僕のうなじの辺りを何度も何度も撫でた。

 少女の体からは、甘い花の香りがした。


 一瞬、完全に揺れが止まった。これは多分、嵐の前の静けさだ。

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