_三

 僕は、今のこの状況をどうすれば上手く説明できるだろうか。クロワッサンの後ろには死体が一つ、操縦席には僕と、薄い布をまとっだけの少女と少年。一人用の操縦席にぎゅうぎゅう詰めで乗り込んでいるこの状況を、仲間たちにどう説明すればいいのだろうか。

 しかも少女と男の子には記憶がないし、何よりも、あの怪物から生まれてきたということ。何一つとしてうまく説明できる自信がない。

 この二人と出会った時から思っていることがあった。それは二人から、鉄の匂いが無いこと。

 クロワッサンの操縦席でそんなことを考える。

「直に陽の光が浴びたい」

 また、少女が言った。僕もまた同じことを言い返す。

「もう少しの辛抱だ」

 ちなみにあと二十時間くらいと付け加える。

「二十時間ってどれくらいなんだよー」

 少女は嘆いた。彼女はずっとこんな調子だ。男の子の方は喋れないようでじっと我慢しているが、たまに、強化ガラスを挟んで、その輝きを見せびらかす太陽を恨めしげにちらりとみていた。

 それもそのはず、僕たちは四日間クロワッサンに乗りっぱなしなのだ。一度も降りることなくこの狭い操縦席に三人で。

 もちろん理由はある。まずなぜクロワッサンから降りないのか。それは燃料の問題だ。

 サイモンさんの遺体を含め四人の人間が乗っているために重量過多になっている。そのせいで、燃料の減りも早い。そして、起動の際には燃料が多くかかってしまう。もし止まったら、燃料が足らずに帰ることが出来なくなってしまうかもしれないわけだ。

 次になぜ操縦席に三人で鮨詰めになっているのか。なぜ後ろの荷物置きに二人を乗せないのか。

 それには二つ理由がある。一つは怪物から生まれてきたこの二人を監視しておかなくてはいけないと思うからだ。何が起こるか分からないわけだし。

 もう一つは、生まれたばかりの少女と男の子を遺体と一緒にしておけないということだ。だからと言って、僕が遺体と一緒に操縦席に乗るのも気が乗らず、めでたくこの鮨詰め状態になったのだ。

「直に陽の光を浴びたい」

 また少女は言う。それは僕も一緒だ。ただ降りるわけにはいかない。絶対に街に帰るんだ。


 チューブを吸うと出てくる流動食を食べながら黙々と進み続け、街まで十五時間ほどの場所まできた。ここはいろんな木が複雑に絡らみながら成長していて、森林が洞窟のようになっている。その入り口だ。中を覗くと、こんな太陽の下でも真っ暗な闇だった。

 こんな視界不良の道は本来、通るべきではない。実際、今回の炭鉱に行く際にも、この森は大きく迂回して通って来たのだ。

「こんな暗いところやだよー」

 少女が嘆く。僕も嫌なんだけど、燃料がないんだ。

「そっか」

 少女は納得する。随分物分かりがいい。そんな少女の素直な反応に僕も背中を押され、粛々と森の中に歩みを進める。

 静寂だった。自分がちゃんと前に進んでいるのか不安になった。自然発光する塗料が塗られた強化ガラスの光が心の平穏を保たせてくれる。

「どうやってこれ光ってんの?」

 少女は、男の子と一緒に夢中になってその光を眺めている。

「これは太陽の光を貯めて光るんだ」

「へー、私も貯めたら光る?」

「光らないよ」

「なんで。このガラスは光るのに」

「このガラスは特別な塗料が塗られているから。君も塗れば光るよ」

「ふーん」

 そう言うとまた二人で光を眺めている。

 暗闇は心を蝕む。ライトをつけてしまいたいが燃料が心配だ。今、落ち着いていられるのは緑の髪の二人が一つも取り乱さずにじっとしていてくれるからだ。

 まぁ、もとよりこの二人がいなければ、こんなことにはならなかったのだが。

 ひたすら進み続ける中、二人の寝息が聞こえた。睡眠を取り始めたのだ。これは驚くべきことだった。

 なぜなら、この四日間、睡眠を全くとっていなかったからだ。俺が半分寝ながら進み続けていた時も、危険が迫ると二人が僕を揺すって起こしてくれていた。そんなことが何度かあり、それに安心して、クロワッサンをオートモードに移行して、ずいぶん睡眠を取ったこともあったのだ。

 顔をのぞいてみる。初めてみる寝顔だ。二人とも閉じた目の隙間から宇宙の光が漏れ出していた。

 その時、クロワッサンの後ろの方で、「ドカン」と破裂音が聞こえた。

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