3キレ ─ 令嬢たち

 

 

「あら、モンティア様。ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 全然ご機嫌良くないですけどね。


 げ、と声を出さなかった私を褒めて欲しい。


 授業の合間に素振りでもと思って、木剣片手に学園の人気が少ない庭に出ていたら。


 ゾロゾロと連れ立って歩く令嬢集団がやってきた。

 校舎内で見かけた時は即座に回れ右するんだけれど、集中していたので気付くのに遅れてしまった。くそう。


 侯爵令嬢や伯爵令嬢で構成されたその集団。10人は流石に居ないけど、まあ大勢でゾロゾロと……群れるのがお好きですね。

 どの子も公爵家の私より位は下である。でもって私と仲良くもない。


 なのにいきなり声かけてくるとか。


 挨拶してくる割に、睨むように見てるとかー。


 ホント何なの。私が何をした。


「休憩時間まで剣のお稽古ですか?」


 私が木剣を片手に持ち動きやすい服を着用してるのを、頭から足先までジロジロ見てから一人が問うた。


「ええ、まあ」

「まあ凄い、相変わらず汗臭いことがお好きですこと!」


 別の令嬢が口を押さえながら叫ぶ。


 そりゃどうも。


 明らかな皮肉に無表情でいると、令嬢達は調子にのってベラベラと話し続ける。


「モンティア様は剣も魔法もたしなわれてるとお聞きしましたが……誰も貴女を守って下さらないのですか?」

「王太子と婚約なさってるというのに、自分で自分の身を守らなくちゃいけないなんて……お気の毒ですわぁ」

「大体なんですのそのお姿は。剣の腕よりセンスを磨かれた方が宜しいのではありませんか?」


 わぁ~これって喧嘩売られてるのかなあ。


「誰かに頼りきっていては、いざという時に困りますから。あと、この格好は動きやすいものに着替えただけです」


 それに私はラルフを守ると自身に誓いを立ててるからね。

 ラルフもまた、私を守ってくれると言ってくれたことを思い出して笑みを浮かべた。


 それをどう勘違いしたのか分からないけれど、令嬢達はフンと鼻で笑う。


「この国の騎士の強さを理解されてますか?騎士団は元より、将来はきっと騎士団長となられるロールウッド様……あの方の強さはけた違いですわよ?モンティア様程度が多少剣や魔法をお使いになられたところで、足手まといになるのが落ちかと思いますわ」

「さてどうでしょう?」


 この前その「けた違い」のロールウッドをボコボコにしちゃったんですけどね。


 どうせ言っても信用しないだろうし(顔がボコボコになったロールウッドは、あの日以来学園に来てない)言わないけど。


 私の言葉に一瞬眉を潜めヒソヒソと小声で何やら話す。それってマナーとしてどうなの。


「王太子もどうしてモンティア様なぞを婚約者として受け入れてるんでしょうね」

「そうですわ!公爵家と言う地位以外なんの取り柄も無い方ですのに」


 おーおー、言ってくれる。公爵家の私にそこまで言っていいと思ってるの?

 まあ見るからに馬鹿っぽい集団だから、理解できないんだろうね。


「知りませんよ、そんなの」


 そもそも貴女には関係ないでしょうが。


「そういえば」


 私があまりに薄い反応しか返さないのに痺れを切らしたのだろう。


 意地悪い顔が更に意地悪く歪められる。

 あ、これはろくなこと言わない顔だな。


「聖女候補のワリアとかいう男爵令嬢と、王太子が最近仲良いそうですね」

「そうそう、わたくしも見ましたわ!中庭で仲睦まじくお話しされてるのを!」

「わたくしは図書室で一緒にお勉強されてるのを見ましたわ」


 わたしも、わたくしも……


 次々とまあよく出るもんで。


「ワリア嬢は聖女候補ですもの。王太子だけではなく、弟君達とは勿論のこと、国王様、王妃様とも懇意にされてると聞きますわ」

「もしかしたら王太子の婚約者が変更になるかもしれませんわね」

「まあ!そうなったらモンティア様はどうなるのかしら!」

「婚約破棄されるような令嬢ではどこへも嫁の貰い手はないでしょうねえ」

「では修道院でしょうか?」

「ああ、お気の毒に!」


 プツン……


 誰にも聞こえない、けれど私には聞こえた。

 切れる音が。


 私がキレる音が!


「いい加減にしろよ、お前ら……」


「「「「「え?」」」」」


 見事にハモリ、令嬢どもがキョロキョロと周囲を見回した。

 誰が発したのか分かってないのだろう。


 怒りを抑えるように低い声を出したのは、私だとは気付いてないのだろう。


「いい加減にしろって言ってんだよ」

「も、モンティア様!?」


 まさか私が発したとは思わなかったのだろう。

 驚愕の眼差しを向けられる。


 いつも黙って受け流してるだけだから、反撃くらうとか思ってないだろ?馬鹿が。


「お前らさ、人のこと言う前に自分の実力見返した事あるわけ?王太子の婚約者候補にもなれなかったくせに」

「な、な……!」

「大体さあ、お前ら群れないと何も出来ないわけ?いっつもいっつも群れてる時にしか言ってこないよな」


 そう、単独で居る時はコソコソと逃げ回ってるのを私は見逃さなかった。


「群れなきゃ何も出来ないようなお前らじゃあ、王太子どころか何処の貴族にも嫁の貰い手ないんだろうな」

「そ、そんなことありませんわよ!」

「そうですわ!わたくしは先日婚約者が決まりましたのよ!」


 わたくしも、わたくしも……と口々に言うけれど、はい残念でしたー。もうそれ破談決定です。


「公爵家であり王太子婚約者である私を怒らせた罪を自覚してないようですね。家と王家には貴女方の事を報告します。きっと婚約は無かった事になるでしょうね」


 良かったねえ、修道院行き決定だよ。


 ニッコリ笑ってそう言ってやれば。


「そ、そんな馬鹿な事ありえませんわ!わたくしは、わたくしは……」

「なに、自分は常に正しいとでも思ってんの?」

「わたくしは間違ってませんわ!」


 はーまだ言うか。


「じゃあこれあげる」

「え?」


 言うが早いか、呪文を唱え。

 そして令嬢達に向けて放った。


「なにを──!」


 直後。

 異変を感じて驚愕と焦りの様相で口をパクパクさせる令嬢達。


 だが、その声は発せられることはない。


「これね、本来は敵の魔導士が呪文唱えられなくするために使う術なんだけど。あなた達、もう何も話さない方がいいよ。これ以上ムカつくこと言われたら、私、殺しちゃうかもしれないから」


 ニーッコリ。

 おそらく自分の中では極上に位置する、実にいい笑顔で言ってやったら。


 涙を流し、真っ青な顔で令嬢たちは大慌てで去って行った。











「という事がありました」

「ふーん、随分とモンティアのこと舐めた連中だね」

「まあ以前からやっかみが酷いなとは思ってましたが。流石に今日はキレました」

「いいんじゃない?そういう女は容赦しなくていいと思うよ」


 その日の出来事はいつも包み隠さず話してるけれど、ラルフ王子はいつも優しく受け入れてくれる。

 本当に、私には勿体ない人だよねえ。


 今日の令嬢達が言ってたことで気になる事があったので、聞いてみた。


「あの……」

「ん?なんだい?」


 う、顔が近いです。恥ずかしい。

 俯いても顎を掴まれて上向かされてしまう。


「~~~~っ!は、恥ずかしいです」

「僕から顔が見れないようにするのは許さないよ。で、なに?」


 解放してくれそうにないので、仕方なく私はそのまま言葉を続けた。


「えっと、弟君達や国王夫妻のことなんですが」

「ああ、ワリア嬢が懇意にしてるってやつ?単なる噂だよ」


 引っかかっていた事をアッサリ否定されてしまった。


「聖女候補とは全て謁見したからね。ワリア嬢以外の候補とも全員会話してるよ。本当に少しの会話程度で、私用で会った事なんて一度も無いのにねえ……。どうやらワリア嬢がうまく噂を誘導してるみたいだから、そういう知恵だけは回るタイプなんだろう」


 そう言うラルフの顔には不快さが滲み出てる。それを見て少し安心した。


 まだ会った事もないワリア嬢……色々聞くけど、彼女って本当にどんな人物なのだろう?


 首を傾げていると、ラルフが触れるだけの軽いキスをしてきた。


「ららら、ラルフ!」

「さて、もうその話はいいんじゃないかな?少ない僕との時間、大事にしてね」


 う……それを言われては何も言えない。


 一瞬にして私の思考はラルフ王子一色に染め上げられるのだった。

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