第5話

 朝から絹糸のように降る雨がグラウンドに水たまりを作り、鉛色の空を映していた。

 週明け早々、二日間にわたって実施された中間考査が終了し、解放されたように背伸びをしながら、李心は七海に訊ねた。


「ナナ。この後ちょっと寄り道していかない?」

「ごめん。今日は先約があるんだ」七海は片手拝みをして眉をハの字にする。

「そっか。じゃあ、また明日に」

「うん、また明日」

 七海は小さく手を振る。


 校舎を出ると、李心は名瀬の中心地にあるアーケード商店街にむかった。

 商店街沿いのテナントビルの薄暗い階段をひとつ上がると、踊り場に巨大な天然木の一枚扉が現れた。

 「あしびば」と書かれたプレートのかかったその扉を開けると、きらきらと流れ星が流れるような音色が李心を出迎えた。


「こんにちは。その制服は名瀬高ね。一年生?」


 窓際の席に座ると、メニューと水の入ったグラスを運んできた店員が、切れ長の目をゆるりと細めた。白いシャツからのぞく肌は、擦りガラスのような透明感で、同じ島人には見えない。


「はい。商店街を通ったときに見つけて、気になってて」

「ゆっくりしていってね」

「あ、ありがとうございます」

 李心は恥ずかしそうに体を縮こませてオレンジジュースを注文した。


 店内は耳触りの良いボサノバとともに、ゆったりと時間が流れている。オフホワイトに統一された家具や、卓上のエアプランツの入ったガラスボール。離島のさらに辺境の地で育った李心にとって、そこはまるで異世界だった。

 先客はあったが、ファミレスの高校生たちのようにバカ騒ぎすることもない。

 ここはまさに李心の求める癒しスポットだ。

 

 窓際の席からはアーケード商店街を行く人たちが見える。雨のせいか人通りはまばらだ。

 そのとき、商店街を歩く制服姿の二人組が目に付いた。歩みに合わせて左右に揺れる長い黒髪のポニーテール姿。

 間違いない。七海だ。

 そう思った次の瞬間には、隣に並ぶ女子生徒に視点がフォーカスされていた。

 気品が滲む、ぴんと背筋の伸びた立ち姿。肩の上で髪を弾ませているその横顔を見て、李心は思わず呟いた。


「エリ姉……」


 グラスの中で溶けた氷がカランと音を立てる。

 想い人の秘密の逢瀬に遭遇してしまったみたいで、そんな些細な音でさえ、今の李心には忌々しいくらいに耳障りだった。


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