第3話

「さっきはどうしたの?」


 李心と七海は、制服姿のまま市街地にあるファミレスにやってきていた。店内は同じ制服姿の生徒たちで占拠されてしまっている。まだ冷房が入っていない店内は少し暑い。

 

「エリ姉は去年の島唄グランプリを取った唄者なんだ。しかも、観客の投票による特別賞も取ったから、部門最優秀、部門特別、グランプリの三冠」

 李心は人差し指から順に指を三本立てる。

「おまけに容姿端麗、眉目秀麗。才色兼備。みんな、彼女みたいになりたくて、必死にエリ姉を真似てる」


 そういう李心の声色はグラスに残った氷のように冷たかった


 奄美大島には古くからシマ唄と呼ばれる民謡があった。シマとは、奄美の言葉で「集落」を意味する。つまり、集落ごとに受け継がれてきた唄のことだ。通常「唄」「三味線」「お囃子」の三人でうたわれるが、唄者が弾き歌いで三味線の伴奏をすることも多い。


「リコだって、ジュニアの最優秀だったじゃない。それだって十分に立派なことだって。わたしはシマ唄はほとんど唄えないから、偉そうなことはいえないけど……」

「でも、みんなエリ姉のことは唄者だって認めるけど、あたしのことは清次郎きよじろうの孫としか思ってないし」


 李心の祖父、清次郎は戦後、進駐軍に統治され物資も娯楽も何もない時代に、島中をシマ唄で巡業してまわった逸話をもつ、島でも有名な唄者だった。

 彼から唄を教わっていた李心がシマ唄を披露すると、誰もが「さすが清次郎の孫じゃ」と彼女のことを称賛した。

 ところが、清次郎は李心がいくら頼み込んでも島唄グランプリの出場を許してくれなかった。


 ――勝負は人の縁を狂わせる。糸は切れても結びなおせるが、縁が切れたら結びなおせん――


 それが清次郎の決まり文句だった。

 しかし、李心が中学三年生の春。肺炎を患って入院した清次郎は、それが重症化してそのまま帰らぬ人となった。

 清次郎の葬儀で李心が鎮魂のシマ唄を唄い、参列者たちは「清次郎の魂は、李心に受け継がれた」と、その唄を涙を流して聞き入った。

 そのとき、李心は決心した。

 島唄グランプリで、清次郎から受け継いだ唄が、島一番と呼ばれるに値するものであると証明してみせると。

 結果はジュニア部門、最優秀賞。

 しかし、すべての部門最優秀賞たちで決勝を争うグランプリで、英梨奈に大差で敗れた。

 そして表彰式のあと、李心を待っていたのは、親友の沙織からのあの言葉だった。


 李心は物思いに耽るように、賑やかな店内を見るともなしに見る。

 誰もが始まったばかりの新しい生活に胸を弾ませている中、自分の存在がひどく場違いなような気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る