第2話

 春の風が真新しい制服の袖を駆けあがり、街路樹をさわさわと躍らせた。

 新緑に萌える山を背景にした高校の正門には大きく『県立名瀬高等学校 入学式』と書かれた看板が立てられている。

 みなみ李心りこは校門を抜け、クラス編成表が貼り出されている掲示板にむかった。高校入学を期に短く切りそろえて明るめにした髪が、春の柔らかな光を透き通している。

 アプローチの中ほどで、周囲のざわめきの中から彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 振り向くと、長い黒髪を後頭部でポニーテールにした七海ななみが駆け寄ってくるところだった。


「おはよう、リコ。また同じ学校になったね」


 李心と七海は小学生からの幼馴染で、実家はここから車で北に約1時間ほどいった島の最北端にあった。大半のクラスメイトが地元の高校に進学したのに対し、李心が親戚の家に下宿してまで名瀬高校を受験したのには訳があった。

 ひとつは彼女の実家が農業を営んでいることだ。

 小さな頃から、畑仕事を手伝うのは当然で、放課後はいつも教室でおしゃべりに興じる女子たちを横目に、まっすぐ帰宅の途についていた。彼女を縛っていた家業からの解放を望むのは、多感な年ごろの女子としては当然だった。

 もう一つの理由は、シマ唄から距離を置くためだ。


 掲示板に辿りつくと、李心はクラス編成表を左から順に確認していく。「おく七海ななみ」の文字を一年B組に見つけた。同じクラスに自分の名前も見つけて無意識に安堵の息をついた。


 入学式を終え、学校生活に関する説明を受けて解散となったが、校舎を出たところで、李心はぎょっとして目を見開いた。

 校門まで上級生がずらりと並び、プラカードやチラシを手に、道行く新入生たちに片っ端から声を掛けていたのだ。


「名瀬高は部活盛んだからね。リコはどこか部活入るの?」

「いろいろ面倒だし、別にいい」

 左右に首をふって、李心は昇降口から待ち構える上級生の群れの中へと歩き出した。

 運動部の威勢のいい声や、楽器の音色も届く。混沌としたざわめきの中、李心はまっすぐ校門に向けて歩みを進める。

 しかし、あと数歩で校門を抜けるというところで、「あら? リコじゃない?」という声が飛んできて、李心は思わず立ち止まった。


 校門脇にひとりの女子生徒が立っていた。

 こちらを見据えるアーモンド形の目は、小さな顔の輪郭に不必要なほど大きく、眼光は狩りをする動物のようだ。肩の上で外まきに弾む毛先が、春の柔らかな風に揺れている。


「エリねえ……」


 李心は小さく呟いた。遠くにヤマネコを見つけたウサギのように警戒感をたっぷりと滲ませる。


「久しぶりね、元気してた?」

「まあね」

「知り合い?」七海が首を傾げる。

「昔のね」

「私は伝統芸能部部長のさと英梨奈えりな。部活は月水金の週三回、放課後にお稽古をしてるから、よかったらリコと見に来て」

「ありがとうございます、わたしはリコの幼馴染の奥七海……」

「行こ、ナナ」


 七海がいい終わる前に李心は七海の手を掴んで、足早に校門を抜けて坂を下った。


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