2024.04.19 ペストとアイ

 アルベール・カミュの『ペスト』は娘ちゃんが高校時代、コロナ禍の真っ只中に読んだ作品の一つだ。古本屋でワールドトリガーをまとめ買いしながら、いつの間にか手に取っていた。


「懐かしい」表紙にうつるアルジェリアの青い屋根に触れて娘がいう。「パパさ、100円だからこれ読んだら?」


「おお、これ気になってたけど面白いの?」

「うん。面白いよ」


 娘はきっと図書館で借りて読んだ作品だが、持ってみたい衝動にかられたのだろう。思い入れがある作品はそういうものだ。


 100ページまで読んでの感想はつまらない。やっとペストが出てきたあたりで、めちゃくちゃ深い事をさらりと書いてることに気付く。


 やだこれホントに面白い。コロナ禍からか、それ以前からかは分からないが今の世の中に共通する学びが詰まっていて、渦中で真理がチラ見えするではないか。


 病原菌が実行ある公平さを示せば、市民の間に平等性は強化されそうなものだ。ところが不公平感は急激に増した、なんて部分。


 たしかに仕事では有休や給与、残業への不満が増したし、ポリコレやら性疑惑やらで誰も彼もがハラスメントを唱えはじめた。


 エゴイズムの正常な作用だと、人々の心には不公平の感情がますます先鋭化された。全く現代と一緒で重要なことがサラりと書かれてる。


 平等すぎる死を前に、不平等が明確化したんだろうか。派遣さんが辞めたり仕事で不満爆発とかしていた時期を思いかえす。


 着るものや食事に対しても拘りがなくなり全ての価値観は廃絶された。そこにきて現代は物価高ですけど教えてカミュさま。


 医者リウー、司祭パヌルー、判事オトン、新聞記者ランベール、犯罪者コタール、友人タルー、素朴なグランという登場人物。


 立場によって死生感も正義もまちまだが、人の死を見ていない司祭と医者の信じるものは違う。タルーとの真の友情には涙した。


「きみは神をしんじるか?」と問うタルーに医師は応える。神がいたとしたら、必死に抗う人間を神は大切に思うはずだと。


 深い共感に痺れながら、西加奈子の「i」を読んでしまった。全く共感できない主人公アイさんは争いや事故や災害で苦しんでいる世界の誰かを想像して胸を痛めていた。


「この世界にアイは存在しません」という数学教師の言葉に裕福で美貌も知能にも恵まれた養子は苦しめられる。


 二乗して1になる数学が「i」なんですね。200ページ位で名も無い脇役が「それをいうなら負の数だって整数だってないよ。ゼロだってインド人が作るまで無かった」という。


 アイは自分の存在意義に悩んでることが傲慢で情けなくて更に苦しむとかいってる。働かず菓子を貪りながら貧困に喘ぐアフリカ難民に涙する矛盾に胸が張り裂けるほど苦しむと。


「アイは存在しません」という台詞はカウントしてないけど30回位は出てきますが数学オタの「ぼんやりあったものや、あった方がいいものを形にするのが数学だ」に爆笑する。


 多分クローズアップしたらいちばん面白いキャラが、一言で解決したのに残りが100ページあってまだまだ「アイは存在しません」は続いていく。


「ペスト」と「i」のテーマは同じく『共感』である。リウーは人間は神にも聖者にも決してなれないと言う。だが限りなく近づくことは出来ると信じる。


 だから我々は堕天使に惹かれるのだろう。アイも人は想像することが出来る、共感出来ることが「アイ」であり愛なのだと気付く。


 比べモノにならない過程を経る二作を読んで辿りつく、同じ人の真理に、ただただ何か悲しくなりモヤモヤする俺がいた。



 

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