2024.03.021 3月は俺の誕生日

「パパ、誕生日に時計か財布っていったらどっちが欲しい」

「えっ! 娘ちゃんが買ってくれるの?」

「さあ、どうかなぁ」

「なんだ、冷やかしか」


 二週間ほど前に唐突にそんな言葉をかけられて泣きそうになった。人生で親以外から誕生日プレゼントを貰った記憶は嫁さんだけだ。


 財布を二回にスニーカーを一回貰った。いつの間にか、お互いに気に入ったものを自分で買う生活になっていた。


 あとは実家に何か買って帰るくらいでプレゼントしたり、されたりする文化は消えた。欲しいのか、どっちかな、自分でも分からない。


 カッコいい腕時計なら欲しいけど、高いのは嫌い。嫌いじゃなくて買えないだけかな、もうどっちか分からないほど物欲がないんだ。


 ミッションインポッシブルでトム・クルーズがしていた腕時計は確かチープCASIOだ。安物でもデジタル表示で狂わないうえ防水なら、そういうのが一番じゃないだろうかと話した。


 忙しい月末が過ぎていく。先週から息子くんが38.9°の発熱、今週は嫁ちゃんが38.2°の発熱、インフルエンザである。


 春休みにしばらくバイトと遊びに明け暮れて、あまりゆっくり顔を会わせていない娘ちゃんは、ほとんど外か賄いで夕飯をすます。


「暴飲暴食のあなたが健康で私が発熱なんて納得いかない。喉が痛いからうどんか雑炊なら食べられるかな」と嫁さんは言った。


 タオルを濡らしたり買い出しに行った。半分くらいは食べるが残して、何かしら文句をいわれた。嫁さんは楽をするのは俺にとって良くないことだと本気で信じてるのだ。


「どうせ明日も定時に上がるんでしょ、いいよね。私は本当に休めないからテレワークするけど、家事はよろしく」


 俺の仕事を全否定しないでくれ。なんて思うほど情熱を注いだ仕事だろうかと少し考えた。確かに休んでも問題はないのが悔しい。


 花粉症で目がかゆい。そのせいで俺の目付きは悪くなっていたかもしれない。ここ数日あまり笑ってない気がした。


 今年の娘ちゃんはそんな俺を慰めてくれた。誕生日のケーキをどうしたいか聞いてきた。ぶっきらぼうに俺は応えた。


「いまケーキ高いし、息子くんはケーキより肉と米を食べるんだよな。嫁ちゃんは食べるとしても少しだな、いまの食欲じゃ……」

「パパはどうしたいの?」


「作ったら安いし楽しいけど、現実的にはシャトレーゼの切り分け買ってくる感じか」

「現実的じゃないほうは?」


「ふたりでケーキ食うのは何か悪い気がしてるよ。元気になったら食えばいいかな」

「どんなケーキ食べたいの?」


「業務スーパーに売ってた特大ホイップを特大スポンジに塗りたくって、いちごをばら蒔きたい気分だけどね」

「私とオママゴトしたいってハッキリ言えばいいのに。暇だから付き合うよ」


「……おおっとぉ!?」


「「あははははははは!!」」


 たったの一言『おっと(笑)』で充分だった。なんで可笑しいのかも分からない。アンタッチャブルの山崎さんみたいな口調だったからか、タイミングなのか。


 とにかく笑った。それから現実的な小ぶりの材料にしてケーキを二人で作った。斜めにバナナやいちごを沢山のせて積み上がったケーキを見てまた笑った。


 蝋燭を灯したら娘ちゃんがアマゾンの袋から不可能な計画を難なくこなせる男の腕時計を俺にさしだした。


「カッコいいね」

「ああ……最高にカッコいいよ。バイトして誕生日を祝ってくれる娘ちゃんがね」


 



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