2023.08.18 ラーゲリより愛を込めて

「そのシャツ、ラーゲリって感じ」

「あははは、カッコいいじゃん!」


 娘とそんな会話をしたのは冬だった。強制収容所はアウシュビッツしか知らなかったが、何故かシンプルな緑色のシャツや安っぽい帽子が好きなのだ。


 マイクラみたいな自由にお洒落な家を作れるゲームでも何故か出来上がるのは強制収容所、俺には前世で何かあったのかと疑うほどだ。


 二宮和也主演の「ラーゲリが新作で出てたからみようよ」となったのは不謹慎な近親家族が終戦記念日を楽しむにはぴったりの映画だ。


 毎度のことながらネタバレしますので、これから観るかたはご注意ください。さっそく爆破される街で二宮一家が逃げ惑うシーン。


 はぐれた息子を追いかけ、落ちてきた発泡スチロールらしき瓦礫に阻まれる二ノを見て「避けれた!」「怪我はしてないぞ」「家族と離れたら絶対だめ!」とはしゃぐ俺たち。


 退屈なので台風情報と遊びに行ってしまった息子の話ばかりする嫁さん。オーマダーリン、オーマダーリンと歌う二ノや家族に、戦後なのに無用心が過ぎると怒る娘。劇場とは違って好き放題なトークが飛び交っていた。


 狭い列車に詰め込まれた日本兵たちのなかで陽気に歌いだす二ノと、急に「彼と初めて出会ったのはあの列車の中だった」とナレーションをぶちこんでくる一等兵、松坂桃李に驚く。


「!!」

「二ノが主人公だよね?」

「いまのはかなりデカい伏線だね。パパは松坂桃李目線でいくよ。真剣ジャーの頃から殿って呼んでるし、最後まで生き残る可能性は高い」

「複数主人公かな……」


 その後、熱すぎる演技でセリフの内容が入ってこない桐谷さんと、水曜どうでしょうで牛乳を吹き出すオンちゃん時代から不遇な安田顕。


 足が不自由で戦争に行ってないのに拉致されて強制労働している中島健人。娘ちゃんはなんと、中島健人に飼われる黒犬に主役をかけた。


「クロが主人公だね、この映画は。この可愛い犬が死んだら、映画とか関係なく打ち切りでレンタル返しに行くから」

「な、なんて高いハードル。役者が出揃ったところで死んでく話っぽいから絶対死ぬやん」


「……犬が死んだら絶対ゆるさないから」

「犬が主人公の分けないだろ。パンフレットとかCMで犬が役者の真ん中にいたか?」


 一瞬、嫁さんの実家で飼っていたパピィが過った。犬は絶対に娘になつかないが、犬が大好きなんだから仕方ない。


 黒パン一つと豆のスープが1日の食事なのだから、見ているこちらは気が気ではない。最悪は安田さんに喰われるのではないか。そこから吹き出すまでも予想できる。


 だが奇跡は起きた。犬が登場するたびに心臓をドキドキさせながら見ていたが、主演といえるほどの見せ場まであった。


 ネタバレすると氷上を駆け抜けて日本へ帰る仲間たちと合流するCGは笑えた。ナイス犬。


 結果、映画を最高に楽しく観れた。更に娘ちゃんの先回りし過ぎる解説つき号泣が、俺のハートをざわつかせた以外は。


 ラーゲリで遺書をかく二ノだったがスパイ容疑になるノートは没収されてしまう。そこで四人はページを切り分け遺書を暗記することに。


 暗記する部分は皆が感じていた言葉そのものだったのだ。母親を亡くした松坂桃李は母への想いを。二ノから字を習い学んだ中島は残された息子たちへの想いを。


 繰り返し繰り返し覚えた遺書の言葉が体に馴染み、残された仲間たちの人生を温かく包んでいくようだった。素晴らしい展開にホロリ。


 だが……絶対に桐谷は二ノ宮の遺書を手渡すだけではなく、読み上げるべきだと思ったシーン。泣きながら手紙を読むウィッシュのワイフ北川景子をそっけなく見つめる桐谷。


「おかえりなさい、あなた」と二ノの幻覚にむかい涙で微笑むワイッシュ景子を見て、俺が気づく前に娘がとなりで号泣していた。


 なんなら景子さんが、あまりのショックでいかれてしまったのではないかと焦っていた。この行動の意味を理解していなかったから。


「……」一瞬のポカンだった俺に、反射神経がよい、いや感謝神経がよい娘は言った。


「妻を亡くして自殺まで考えた桐谷が、日本に帰って一番聞きたかった言葉だよおおおっ!」

「あっ、そうか!! そうだったな!!」


 最後まで見てやっと誰もが役者の仕事をまっとうしたという晴れ晴れとした気分。


 俺は娘ちゃんの国語の理解力と条件感謝の速度に驚きながらも、いつの間にか泣いていた。無表情な嫁さんも黙っていた。


「娘ちゃん、解説ありがとうね」

「なんなら原作者より深い読み取りして楽しめる自信ある」

「……そうなんだ」






 





 




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