2023.07.31 SNSのない世界

「マスクをはずしたらブス、ブス、ブスブスブスブスブスブスのくせにっ!」

「……人は見た目じゃないだろ」

 

 毎度スマホ画面をメタくそに罵る娘ちゃんですが、先日SNSにあげた洋服にダサいとコメントしてきた友人にキレているようです。


 卒業して生活圏が変わる。未成年のくせにイキった写真をあげてくる倫理観の弱い高校時代の友人たちに怒りを覚えているそうです。


 つまりレベルの低い行動をSNSにあげる行為に不満を述べたのがはじまり。矢先に反撃、他の友人からファッション分野でダメ出しコメントが入ったらしく。


「お酒とか喫煙とか、同棲生活とかバイトの愚痴とか、ヤバイやつばっかりいるからさ。そういう人たちとは距離おこうかと思ってんの」


「たいしたことじゃないよ。娘ちゃんだってバイトの賄いとか賞味期限の危ないやつをただで貰ってくるじゃん」


「たしかに人によってはタダで賄い食べたり、期限切れを沢山もって帰るけど、あれってけっこう良心が咎めるのよね」

「りょ……良心?」


 振り返ると大学時代なんて酒やたばこに合コンに新歓コンパ。未成年に一気飲みさせて救急車呼んでるなんて話はよくあった。


 SNSがない時代は、そんなウヤムヤな事象が山ほどあって、法律やルールよりも先輩や恋人のいうことが全てだった。よくも悪くも自然体って感じがしたのは時代だろうか。


「窮屈な時代になったな。短い人生でそんなことに振り回されるなんて時間の無駄だよ」

「そんなことって……高校の友だちは全員切っちゃっていいって意味?」


「いや、そっちじゃなくて」思えば喫煙も飲酒も入学してすぐにやった気がする。気がするだけだが、深夜バイトで入金をちょろまかす先輩から小遣いを貰っていたこともあった。


「振り回されてる良心のほう(笑)」

「ぶーっ……それいったらおしまいよ!?」


「パパが責められてる気がしてきたから」

「好き放題に生きてる猿を擁護するなんて。パパは友達がいないからそう思うんじゃない?」


「ネットに沢山いるよ。いまは20人もいる」

「会ったことないでしょ」

「そこが最大のメリットなんだけど」

「……」

 

 五十代になると自責の捻は体に悪いという事実を知る。実は自分の過去の過ちや無能を許すことは、健全なことなのだ。


 挫折も絶望も受け入れる。それを愛することは生きた証ともいえる行為だ。悪いことしたな、でも笑えるというのは大切だと思う。


 俺の時代。卒業してから社会的に誰が何をしたなんて情報はなかったし考えもしなかった。現代はSNSが普及して同じ高校からの知人がどう生きているのかが見えてしまう。


 しかも失敗や挫折、無能は記録に残るのだから許しようがないではないか。愛しようもないではないか。


 充実した青春をおくっているか、好きな道に向かって進んでいるのか、他人の知りたくもない情報が送られてきてしまう。


 映画スタンドバイミーのエンディングみたいにモノクロになって、その後誰々はレストランに勤めて二人の子供と89歳まで過ごした……くらいの情報でも多いのに。


 だから先のことは考えたくなくなるのかもしれない。俺だって目の前にある現実で幸せを味わえなければ、この先にある幸せなんてずっと手にはいらないという年代だからね。


 いまよりもっと努力すれば幸福になれると信じた時代は終わったのだ。いまある青春や幸せを楽しんで生きてると実感できたほうがいい。


 俺の時代は、何年も離れてまた再会する喜びがあった。身近だった友人と離れてライバル心をリセットできることもできた。


 失敗や挫折を経験して、やっと許せる人間関係みたいなものは、リアルタイムな現代社会では築くことが出来ないかもしれない。


 近い距離になれば、互いに不満も膨らんで俯瞰的に互いの人生を観ることもできない。


「違うかな、パパにはSNSがある世界とない世界、どっちがいいのかは分からないよ」

「ない世界だよ。もうブロックした」


「……」

「……」


「「あはははははは!!」」






 


 

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