2023.07.03 サラリーマンは楽だよね
「やり方だよ! やりかた」
そのやり方ってのを具体的に教えてくれよ。よく何の根拠も論理もなく怒鳴れるな。いちばんアホな説教だぞそれ。
元々商品部の部長から社長になった男は、決算書を見て怒鳴り散らしていた。俺はまた歯を喰いしばって耐えるしか出来ないのだ。
「何にも改善されてないな」
「……」
じゃあんたは? お前が社長になったら壁を取っ払って忖度無くすとか偉そうな綺麗事いってたけど何も改善してないよな。余計分厚くなった縦割りで役員数だけが昨比越えたぞ。
「同じ条件の大阪は数字が出来てる」
「はい。参考にしたいので大阪の資料頂けると助かります」
「締めが終わったら見せてやるよ」
どこが同じ条件なんだよ。東京の取引先を大阪が近いからって社長判断で管轄を移したろ。本部機能の商談、登録や雑用だけ全部東京に押し付けるくせに酷いじゃないか。
「出来ないなら辞めてもらうしかない」
「……」
家族もいるのに退職ほのめかすのは犯罪なんだぞ。辞める順番かんがえろ。役員が何人か辞めたらちゃんと利益残るだろうに。
「出来ない販売員はクビだ」
「……!?」
社員と契約社員を差別するなよ。お前らの抱えてるデザイナー9人も居るのに営業は3人しかいないんだぞ、おかしいだろ。
「お前の課は無くしてやる」
はい、百貨店営業はなくなります。商品部に吸収されるのは構いませんけど、働いてる現場に悪い影響を与える発言はやめてください。
「だいたい販売一課は考えかたが甘いんだよ。大阪転勤して勉強してもらうぞ」
「……」
接待してくれる大阪好きだね。じゃ本部機能も大阪にしろよ。考えかた否定されて人生かえられたら堪らんわ。
「利益ない店はすぐに担当を代われ!」
「三人で担当ぐるぐる回すんですか!?」
「出来ないなら仕方ないだろ」
メリットは何なんだ。この売れない時代に担当が代われば何か上手くいくと本気で思ってるのか。売れない問題は担当より商品だろ。
百ある説の一つをデカくして、さも原因は一つとか。俺のような従順なドS人間のせいにしてポイ捨てすれば気分がいいのか。
「消化在庫が多すぎる。それが全部ロスになってるんだから減らせよ!」
「クリアランスで拡大してる店舗以外は昨年より減らしてますけど……」
反論なんかしても無駄だった。どうせ言葉尻を引っ張りだし違うといっては自分のいいように話を進めて、最後は全然関係ない話になって万歳万歳みたいに踏みつけられるだけだ。
「売上に対していってるんだよ。セールの切り替えだって大変なんだろ。お前らのためにいってやってんだぞ。こっちは!」
「残業代なら出ませんけど?」
「誰もお前らの身体の心配なんかしてない」
商品部が調査もせず、営業や現場の意見も聞かず勝手に作って誰も売らない商品がいっぱいあるのに、店頭にある消化在庫が多いってことで俺はクビになるのか。
店頭を減らしたら何もかも解決するんだったら喜んで減らすが売上も間違いなく減るんだぞ。それほど単純な問題なのかな。
店への納品形態は三種類ある。〈完全買取〉は率が低いが売ったら終わりだが、いまはめっきりない。〈返品条件付き買取〉という昔ながらの売り方が半分である。
店は売れないものは返品していいことになっているのだ。その返品は商品部でなく販売部に戻される。
さらに売れないと売上にならない〈消化仕入れ〉が半分。これは在庫がそもそも店のものではなく、うちが仮に置いているだけなのだ。
レジを通って初めて仕入れが発生する。いまは消化仕入れが主流になってきているから課の在庫が膨れあがっているのだ。
つまり売れないゴミ商品の捌け口にされているうえにストレスの捌け口にまでされている。工場や中国との交渉をする人間が偉い会社なのだ。誰も責任とらないくせに。
長年、そうやってダメ課と罵られてきても社長や重役が怖いから何も言えない。いつものように俺の手は震え、喉は枯れ、鼓動は乱れて目眩がする。
上司が去年と一昨年に二人順番に60歳で辞めたのも、今ではよくわかる。こんなの嫌になるに決まってる。
定借のショップで他社と連合してでも何とかカテゴリーだけは残して貰えるように努力してきたが、ヒット作も新しい品目もないんだから負ける前提の戦いをさせられてる気分だ。
うちの売れ筋エプロンは二百年前の柄をアレンジして三十年前のパターンに載せてるだけの代物だ。そこに改革しろとか目新しいものを作れと抽象的なことばかりいう社長のせいか、会社を潰す新企画がやまほど在庫になっている。
手塚先生がいってたが、漫画だけ読んで漫画の資料しか頭にないやつに面白い漫画は書けない。過去の自社資料と迷走するブランドの意見しか情報が入らない状況にいて、新しいものなんか生み出せるわけがないのだ。
こうやって五十代の出世コースから外れた人間は辞めていくんだろうな、と感じる。これ見よがしに全員の前で怒鳴られてプライドはズタズタ、やる気だって失せるから。
「早退していいですか?」
「……まあ、待て。少しゆっくり考えろ」
少し考えた。普段どおりに何も解決しないまま、今月でサヨナラするベテラン販売員にお礼のメールを送った。
仕事は、もういいかなって思ってる。自営業で頑張っていた親父や母親を見てきたせいか、サラリーマンはこれでも楽だと思っている。
怒られてるだけで何の仕事もしないで給料が貰えるんだから(笑)。怒るだけの仕事してるやつよりはマシだし。なんなら具合が悪そうに見えて毎週はやく帰らせてもらえたらラッキーだと思ってる。
来週の金曜日はさっそく有給にしたが、顔色が悪い感じだから心配してもらえそうだ。
何をやっても真面目で気の優しい人間は八つ当たりされて酷い目にあうものだ。でも構わないさ、自営業じゃないんだから嫌なら辞めていいんだからね。会社なんてしょせんは他人のルールのゲームだから。
会社に入って取引先に活気があった時代があった。天狗になった中小企業の全盛期をみた。潰れてくれて構わないから最後も見せてくれないかと楽しみにしてる。
なんなら俺や、俺のような虐げられた人間が影から潰してやってもいいとさえ思う。こんな考えになった日は、さっさと帰って家族と過ごすのがいい。酒でも飲むのが……。
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