2023.05.30 ありのままの君
「この子は確かに可愛いよ」娘ちゃんがスマホのツーショットを見せていう。「でも私の服装とかコスプレ写真みて、変だとか可愛くないとかさぁ、マウントとるのはおかしくない?」
「うんうん」あくびを漏らし応えた。
最近は嫁さんが毎日残業して九時半すぎに帰るので洗い物や洗濯機をまわす俺の生活も夜型になっている。
回転寿司のバイトを終え、時計は22時を回っていた。母の日商戦の惨敗による12連勤と返品処理に追われ、精神的にも疲れていた。
くたくたな頭と打ちのめされたメンタル。身体は重たいが、一日でいちばん平和な時間に安全で安心できる我が家。
「どう見たって誰が見たって私のほうが可愛いしスタイルもいいでしょ?」
「たしかにそうだな」
だが……と、俺はいつもいってきた。そんな奴はずっといる。俺の会社にも沢山いる。社会に出たらマウント合戦のはじまりだ。
会議で「人員削減に対してシステム化なのかデジタル化なのか知りませんが、今後は部門どうしで共有していく考えはありますか」と俺が聞いたら、経理課長はこう言った。
「自分でまずエクセルでも無料ソフトでもやってみて、少しは考えてから聞いたらどうだ。他の部門はみんなそれくらいやってるぞ」と。
質問しろといわれて質問したら怒られるなら、質問の意味を質問しなきゃならない。
それほど売上でしか評価できない世界は糞なのだ。百貨店売上なんか永遠に昨年比がいかないのに楽観的な連中が俺を痛めつける。
『暗い顔なんかしなけりゃ娘ちゃんはもっと可愛い。だから、とにかく一緒に笑って、適当に相槌をうっていればさ……』
そんないつもの台詞はこんな時に必要だろうか。娘ちゃんは偏差値の低い高校の友人と偏差値の高い大学の友人と、交遊関係が広がっていく生活に少しずつ慣れてきていた。
一緒に並んで歩くとき、背の高い娘ちゃんが道路側にたつこと。誰も嫌な気分にならないように気を使って相槌をうつこと。
今までやってきたが誰も気付かなかったことを大学の友人は簡単に理解したのだ。だから直ぐに友だちが出来て楽しい生活をしている。
勿論まだ高校の友達とも付き合いはある。そこでネガティブな言葉を受けて、娘ちゃんは暗い気分になったのだ。
『コスプレの写真みせて!』
『あんまり似てないね。これくらいならわざわざ見に行くってほどじゃないね』
『二ヶ国語話せるからさ、将来は翻訳の仕事につきたいかな。楓ちゃんは国語教師? 学校なんか退屈なだけじゃん』
『そうかな。国語力がないと A Perfect Day for Bananafishをバナナフィッシュにうってつけの日なんて訳すこと出来ないよね』
『なにそれ。アニメでしょ、ウケる』
「娘ちゃん」少しずつ疲れていくマウント合戦はうんざりだ。あげくは俺より危機感を持っていると大声で怒鳴りあうような連中相手に。
「……そんな人間と合わせる必要なんかなかったんだ。パパが間違ってた」
「どうしたの?」
「今ごろいっても遅いけど、意地悪な人とかすぐ怒る人とは付き合う必要なんかないよ。それでもし友達がひとりも居ないっていうならさ」
「……」
「パパがずっとそばにいるからさ」
だから、だからずっと今のままの楓ちゃんでいて欲しいと思った。そして娘ちゃんは、いつかパパより少しだけ素敵な男を見つけるという約束は、やっぱり難しいといった。
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