2022.09.23 弱虫ペダル・自爆ロード
まさにアニメ「弱虫ペダル」を見ようとしていた俺に突然の電話がなった。息子の高校の自転車競技部は全国でも有名な実力があって、足のぶっとい友ダチは四国遠征に同行していると言っていた。
『
スマホの声に慌てている様子はなかったが、なにせ後ろでピーポーピーポーと救急車らしき音が鳴り響いていれば、こちらも有能な大人を演じたくもなる。
「はい、石田です。息子の父親です」
『自転車登校中にガードレールで足を切って、息子さんがいま緊急搬送されることになります。病院はこちらで決めて構いませんか?』
「は、はい。お願いします」
「では病院が決まったら、再度この学校携帯から連絡いたします」
「あの、容態は……」
『縫うことになると思います。いえ、縫います』
「意識は、しっかりしていますか?」
『大丈夫ですよ。すみません、こちらも上手く伝えられなくて』
「いえ、よろしくおねがいします。すぐ車で出れるように準備して、電話おまちしています」
ガードレールで右足をざっくり、骨が見えてしまっていると教頭先生は言った。家には俺しか居なく、母親も病院に、娘ちゃんは塾に行っている。保険証とリュックを出して、息子の着替えや下着、本やゲーム機を放り込んだ。
その時は、病院でよくあるシーンをイメージしていた。包帯がぐるぐるに巻かれた足を吊ってベッドで寝ている姿。シマシマのパジャマで花瓶があって、ドリフのコントみたいな、あの入院してる場面。
いやいや――そんな悠長なわけがない。歩けなくなったり、続けてきたサッカーが出来なくなったり、椅子で出来る職業しか選べなく可能性だってある。地元の駅で嫁さんを拾ってからの俺は、悪い可能性ばかり話していたらしい。
『運動会をやっていた中学校のまん前だったので、ちょうど救命の方たちが詰めて居たのが良かったみたいです。すぐに血を止めて救急車を呼んでくれました』
右膝の皿の下に十センチくらい、横にまっすぐの傷だった。一時間後には総合病院で医師の話が聞けた。地元の病院への紹介状、薬と痛み止め、筋肉が切れているから、すぐに部活は無理だとか。
お礼を言って教頭先生に帰ってもらう。すると、やっと落ち着きを取り戻した息子の笑顔が見れた。事態を振り返ると、完全な単独事故の自爆だったそうだ。
ものすごい段取りの良さと飛び交う専門用語に圧倒されながら、救急車に載せられて、何もかもあっという間だったらしい。クラッシュして出血している自分の足を見たときは、パニックで過呼吸になったという(自己診断)。
高校まですぐの場所だったのでサッカー部の友人が、助けを呼んでくれた。それから救命士の方々が速攻で出血をとめて、ずっと「大丈夫だ」と言い続けてくれた。「本当にすごくカッコよかったよ!」と、すごくカッコ悪い息子は言った。
「そもそも、何がどうなって大怪我したの?」
「考え事して自転車こいでたら、よそ見して、ふっと目の前にガードレールがあって、とっさに避けたら右足にグサーって」
「え!? 車を避けてとか、暑さでクラクラしてとか、溝にタイヤをとられてとかじゃなくて、単なる考え事なんか」
「うん。中学の卒業式のこと、思い出してニヤニヤしてただけ」
「……」両親の呆れた顔を見て息子は頭を抱えた。「今からでも、車を避けたことにならないかなぁ?」
「いや、自爆って先生にもバレてるし」
「なんなら犬とか子供を助けて怪我したことにならないかな?」
「いや、ぼーっとしてただけってバレてるし。でも大したこと無くて良かったよ。頭をうったり、骨折までいかなかったんだから」
「だから、考え事してたんだって……心配かけてゴメン」
たしかに自転車に乗っている人間は考え事をしてしまうのかもしれない。「弱虫ペダル」を見ていると全員の心の声がバンバン飛び交っている。心の中の声が会話になっちゃったりするほどだ。
スポ根モノは、心の声がないとドラマにならない。実際のマラソンや競技も、心の声がなければ、ただのスポーツ実況と同じだから。
(そう簡単に行かすかよ!)
(いいや、あいつは天性のクライマーだ!)
(どうしよう! こんなとき鳴子くんならどうするんだろう!)
(巻島、お前の見込んだクライマーはよく働く)
(そうだ、考える間に見つけるんだ。方法を探して、そこを一点突破するんだ!)
(ふふふっ、ジャージがボロボロじゃないか。小野田のやつ、また無茶な走りをしてきたな。おまえなら、来るって信じていたぜ)
(な、なに!? 最下位からきた登ってきたクライマーか!!)
その日は傷が痛くて眠れなかった息子くんだったが、一週間たって痛みはまったくなくなった。遊びにいけないので映画「弱虫ペダル」実写版をネトフリで一緒に見ることにした。永瀬廉と伊藤健太郎、橋本環奈がでているやつだ。
「実写のほうが速いな……」アニメを見ていた俺の言葉に息子が驚いていた。
「まじで!?」
「アニメで30話以上あった話が、二時間で終わった」
「そっちかい(笑)。トラウマで自転車に乗れなくなるかもって思ってたけど、この映画みたらまた自転車に乗りたくなったよ!」
「全員が、すがすがしいほど考えごとしてる映画だけどな(笑)」
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