2022.07.06 みんな老害になるのか

「半袖のワイシャツにグレーのズボン、高校生に間違われないか心配だよ」


「ぶっ!」嫁さんが吹き出して笑う。「そんな心配ないわよ」


「何でかは聞かないからね」


「毛量とか肌質とか、体型とか体臭とか」


「聞かないって言ったのに(笑)」


 あまりの暑さでスーツは着ていられないので最近はGUで買った快適ビジネスパンツにノーネクタイで仕事に行ってる。


「テレワークはワンピース一枚で涼しげでいいよね。冷房つけてレモネード飲んで」


「結構たいへんなんだってば」


 最近は何でも値上がりしているので、すっかり業務スーパーに厄介になっている。レモネードの原液ベースを冷たい水で割るのは美味い。


「それレモンスカッシュね。炭酸で割ってみたらもっと美味しかった」


「……だろうね」本当にたいへんそうだとは言わないでおいた。


 フライパンで作るふたり分のパスタや、天然酵母の食パンは欠かさない。イカ明太やチョコフレーク、飲むヨーグルトも備蓄している。


 買い物を終えた夕暮れに車道に出ようとした瞬間、ドアの横に痩せた年寄りが居たことに気がついた。


「あぶないっ」と嫁さんが声をあげた。

 

 俺はブレーキを踏んで頭をさげて「すみませんでした」と続けた。当たらなくて良かったとホッとしていたのも束の間。


「すみませんで、済むかっ!」


「……は、はい。すみませんでした」


 唐突に痩せた老人は俺の車のドアを開けた。街頭がつくまえの暗い時間帯。頭のなかではフロントガラスとサイドガラスの視界の隙間に入る人間には気をつけなくてはならないと考えていた。


 当たってはいない。だが、なんと車のドアを開けたのだ。大したスピードは出していないかった。痩せた老人は杖を片手に小さなビニール袋を持って震えていた。


「……」俺たちは互いに見合った。


 あやまってるのに許せないのだろうか。ドアを開けられて、もし何かされたら痩せた老人相手に揉めなくちゃならないのか、法的に。


 震えているが武器は持っている。杖だからといって棒使いとは限らない。ビショップかダークメイジ系かもしれない。


「すみませんでした!」


 今度は目をしっかりみて、大声で言ってみた。車を降りるべきか、もう一度反応を伺うべきだと思った。


「……」


 老人は黙ったまま、震える手でバタンとドアを勢いよく閉めた。俺は直ぐに車道に車を出したので、事なきを得た。そんな場所に止めていたら他の通行人の邪魔になるだろうし。


 なにかしっくり来ない気分だったが嫁さんは冷静にみていた。


「大人な対応だったわね」


「そうかい?」


「本当だったら向こうが注意するべき場所だったじゃない。駐車場の前を横切るのに、まったく前を見ないで歩いてきて……それでも歩行者が優先されちゃうんだろうけど」


「スピードだしてないしね。年老いたら、皆がああなると思うとマジで恐くなる。犠牲者だと信じる加害者だ」


 会社でも最近は同じような人間ばかりが目につく。社内禁煙になって煙草を吸いに出ることがあるけど、わざわざ「ええな、暇そうで」と言ってくる他の課の偉いさん。


『お前の課は儲かってもいないのに、立派に煙草なんか吸いやがって休憩なんか出来る身分だと思ってるのか?』とまでは言ってないけど、そんな意味だと感じてる。


 目がまわりそうなほど忙しいのに、暇そうに見えるならハリウッドを目指せた。視野の狭い老人に演技を褒められても嬉しくないけど。


 先日は「社長命令だと言って在庫を減らせ。ダメだというなら、そんな販売員はクビだ!」なんて平気で怒鳴りつけてくる。


「愚直に誠実に働く気の弱い人間を見つけて嫌みを言う奴隷商人みたいな役職を何年かしたら、俺もああなる……」


「ぶっ」嫁さんは吹いて笑った。「そんな心配ないわよ」と、いつか聞いた台詞を言った。





 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る