2022.05.31 高校見学

 娘ちゃんの高校開放は三年連続して中止だったもので、息子の高校が公開授業をやると聞いたときは微妙な気分だった。決して近いわけでもないし、ここのところ仕事も忙しかったので、正直行くべきか迷っていた。


「パパにはとくに来てほしくない」


「なんで?」


「だって、なんか絡んでくるでしょ。おーとか、やーとかやってくるでしょ。そういうのもういいからさ。それに、変なおっさんが親だと知れたら、イケメンで通ってる今の立場が危うくなる」


「……行くわ」


 オリンピック2020のTシャツと最近買ったオーバーグラスっつー眼鏡の上に付けるサングラスしていってやろうかな。自分でいうのも何だけど、かなりダサいぜ。そのくらいしてやらないと、こいつは調子にのると思った。


 GWから母の日商戦、日曜出勤が3回も続いて疲れていた。そういう仕事で、いちばん嫌だと思うのは周りの人間の被害者意識の高さだった。仕事量でも内容でもなく、やたら不公平だと口にする気のなさすぎる愚痴。


 公平。もともと奴隷の身でありながら、奴隷の中で上下関係を築くことや舐められないようにすることばかり考えることは何の意味もない。被害者だというやつほど、自分が加害者だということを疑りもしない。


 みなが幸せになればいいとは思うよ。資格は誰にでもある。でも癒やしや幸福になる権利を主張するような言葉を聞くと、そうじゃないだろうと思ってしまう。世の中の何かがおかしいと思ってしまう。


 思うにあれが、いけないんじゃないか……SDGSとかいう立派な名目。献身的な努力なくして持続可能なモノなど、この世に一つとして無いというのに。(勝手な意見)


 という偉そうな戯言は冗談で、高校の写真でも撮っておいてやろうかと思った。校庭とか中庭とか廊下とか、周りの景色。


 実際、毎日のように見ていても、写真なんか撮らないから何年かたったら忘れてしまうのを、俺は知っている。現に高校生活なんてものは何一つ覚えていない。


 だから何だといえば、それまでだけどママちゃんと一緒にデート感覚で息子の高校に行くのも一興だ。


 公開授業はよりによって美術だった。それも半分はパレットやら筆を洗うので生徒がウロウロしていて邪魔くさいだけだった。


 内容はともかく、まあ楽しそうにしていた。顔があえば目を反らし、携帯カメラを向けると他の生徒の影に隠れようとするけど(笑)。口をきこうなんて出来る雰囲気でもないので、授業が終わる前に退散することにした。


 と見せかけて、中庭のいい場所から教室を覗く夫婦だった(笑)。チャイムが鳴ると、美術の道具を片付ける息子は、友達の分までテキパキと手にとって棚に入れていた。


「なんか、偉いじゃん。ちゃんとしてるね」と嫁さんは褒めたたいた。


「家じゃ、洗濯機も回せないくせに」


「外面がいいのはパパに似たのよ。嬉しい?」


「……まさか嬉しいわけがない」


「にやけてるけど?」


 俺に冷たいくせに、優しいじゃん――。


 ここのところ、直轄の上司が定年になって仕事量が増えた俺と、受験生になってプレッシャーのある娘もそうだし、サッカー部で疲れている息子もだが、慌ただしい毎日だった。


 とくに息子は自転車で片道40分かけて、この遠い高校に通っているのだ。かっこいい自転車を買って。


 自転車っていうかクロスバイクっつーかロードバイクっつーのか、棒みたいな椅子で股が痛くならないのか心配なやつだ。カゴも付いていないし。


 電車とバスを乗り継いで、さらにバス停から校舎まで歩くと片道40分以上かかると分かった。交通費よりも自転車代のほうが、はるかに安くついている。気分転換にもなるしカッコいいのでモチベも上がる。


 いい買い物だったわけだ。遊びや楽しいモノはテンションがあがってドーパミンが分泌されるので、結果、脳も身体も活性化されて学力や心のゆとりに繋がるのだ。


 高校の周りに高い建物はなく、自然や田んぼがあって、広い校舎と校庭は、まるで空にいるみたいにスッキリとした風景だった。少し俺はネガティブになっていたのかもしれない。


 高校をぐるりと見渡すと、はるか昔に経験したことは全て必要なことだったと思えてならなかった。忘れてしまったと思っていた過去は確かにあった。自分の通った高校ではないけど、同じようなものだろ。


 仕事やお金、値上げ、感染症、ウクライナ、世界情勢、色々と不安はあるかもしれないが、学生のときはもっと自然に問題を受け止めていた気がする。分からなかったり、困ったら仲間に聞けばいいし、辞書をひいたっていい。


 そんな気分になって娘ちゃんと合流して、地元のファミレスでランチをして帰った。息子ちゃんは公開授業後にも、しっかりサッカー部でしごかれているのだった。この暑いのによくやるわ、俺には無理だね。







 

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