2021.08.19 痴漢あらわる
「すごい怖かったよ。王将でテイクアウトの餃子を待ってるとき、ギユッて掴まれたの」
食卓で待ち惚けしていた俺と子供たちは嫁さんを見上げて、しばし黙った。ご飯を盛り付けてタレの皿を配ると、息子くんが真顔で言う。
「え……何でアラフィフのケツを?」
一番言ってはいけない言葉に、俺は吹き出しそうになった。息子にとっては何の魅力もないおばさんのケツに違いないが。
「知らないよっ!」乱暴にテーブルに放り出される夕飯のおかず。腹が減っているので、セッティングしてから怒ってほしい。
「お財布出して、餃子持っていたから両手がふさがってたんだよ」
「はあ!?」まったく理解しない息子くん。「だから何でおばさんのケツを掴むの? 何のために、そんなことすんの?」
「……だから、知らないって」
「意味分かんないよね、パパ。若くて可愛い娘のケツだったら分かるんだけどさ」
それは分かるんかい(笑)。火に油を注いでどうするんだよ。このまま平行線で会話するつもりか、息子よ。フォローせねばならぬか。
「ふーん、変なのがいて怖いね。気をつけないといけないね。ワンピがふんわりしてるのが、いけなかったかもよ」
「はあ?」
「ほ、ほら、後ろ姿がさ、若く見えるっていうか、可愛い娘に見えるっていうか、魅力的に見えちゃうっていうか」
難易度が高いクイズみたいだった。一緒になって怒るべきか、または真面目に慰めなくてはいけない場面だとは思う。
そんな茶番劇を演じるのは恥じらいがあった。特に子供たちの前ではテレもある。頭を撫で撫でするわけにもいかない。
「信じらんない! もう、これから王将いくのパパの仕事にするからね」
「ええっ……」ぜんぶ地雷、どこも地雷、踏み場が無いのよ。慌てて娘ちゃんのほうに話題をふる。「で、でも普通にキャーとか痴漢ですっとか言いそうだよね」
「そうだよ、私なら叫ぶよ、警察よぶよ」
娘ちゃんは、この話題には真面目に考えていた。自分の場合なら大袈裟に騒いで抗議するという気概があるようだ。
「あのね、そんなのは無理なのよ。実際は怖くて声なんて出せないのよ。それに振り向いたらもう10メートル以上先にいるんだから」
「……手、長くね? それって日本人じゃないんじゃない」
「ぶっ!」
息子は何一つ納得してくれなかった。某格闘ゲームのインド人をイメージしたようだ。腕や足の関節を外して遠くの敵に当てる人だ。
「手は長くないよ。走ってたのっ! もう見えなくなるくらいの速さでパーッて」
「……足、速くね? オリンピックでそんな競技があったかもしんない。バトンをケツに突っ込むリレー(笑)」
「……はうっ」
ゲラゲラ笑っている息子くんと一緒になって爆笑したかったが我慢した。悪のりした娘ちゃんが真顔で言った。
「犯人の手をさ、ケツで挟めば良かったんじゃない?」
「プハハハハ! 小指しか挟めないから無理だよぉ~。それに笑っちゃってケツに力が入らないよぉ~」
「大丈夫、ママのケツならいける(笑)」
「……や、やめなさいってば」
笑いすぎて腹が痛かったが、嫁さんだけはまったく笑っていなかった。目をあわせないように回鍋肉を食べた。美味しかったです、ごめんなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます