2021.06.15 威厳なんかなくていい(白目)
「床屋行きたいんだけど」
「中学三年なんだから自分で行けるだろ。昨日パパと行こうって誘ったときは無視したくせに今から行くのか?」
「ママも牛乳買いたいから行くって」
日曜日の夕方、娘はアルバイトに行っている。モールまで車で送るのだが親と一緒に来ているとは思われたくないので床屋の前で俺だけ放流されるシステムだ。
いや、親ではなく俺と来ていると思われたくないのかもしれない。母親は何故かカウンターまで同行してスマホをだし、あらかじめ決めていた髪型の画像を説明するのだ。
甘ったれボーイと
(以下名前は変えてあります)
「佐竹先輩、高校辞めたんだって」
「うそっ! 何で何で?」と楽しそうに息子の話題に食いつく嫁さん。
「うそっ……佐竹先輩って誰だよ」
「なんか、教師に死ねって言って停学になってそのまま辞めたんだって」
「じゃあ、木村さんとは別れたの?」
「うそっ……木村さんって誰だよ」
「学校代わってから会ってないらしいから、知らないのかも。俺もサッカー部で小林から聞いたばっかりだもん」
「うそっ……小林って誰だよ」
「ああ、じゃあ知らないね。高橋くんと前野さんはまだ付き合ってるんでしょ。高校違っても塾とかで会うもんね」
「うそ、高橋くんと前野さんって誰だよ」
「パパ、ちょっと黙っててくれる?(笑)」
このように既読スルーされても会話が続いていくので床屋の前で別れたことすら気付いていない様子である。ハッキリ言って寂しい。
土曜日にも二人は電車でスパイクを買いに出かけている。革だからちゃんと毎日磨くようにと話していた。
なかなか高額な買い物をしているらしいが金額は教えてくれない。ハッキリ言われなくても寂しい。俺は少しコンプレックスがあるようだ。
息子にとっての祖父は二人とも立派な人だ。義父は有名大学卒、大企業の営業部長をしていたし数々の武勇伝のある人だ。
俺の父親も自営業だが街の電気屋を経営していた。真面目な性格でメーカーから表彰されたり旅行に連れて行ってもらったりした。
稼ぐ男であるという共通点。中小企業の最低賃金のくせに四苦八苦、走り回るだけの俺。いつクビになっても不思議じゃない売上。それでも好きなだけ失敗させてくれる会社には感謝してるという間抜けな男。
普通の会社だったら上司が付いてあれやこれやと指示されて何も考えないで日々を過ごすだけだったろう。でも中小は自由に成功も失敗もさせて貰えるからやり甲斐もある。
不幸な人が居ない仕事だと思えることも重要だ。デザイン、製造、配送、販売、作る人も買う人も誰も多くは傷付かないと思う。
全部……言い訳だ。周りに聞いても安い給料で驚かれる。仕事は暇で会話も少ないくせに金の話をしない友人関係しか残っちゃいない。
ジョジョの奇妙な冒険では孫が次の主人公だった。俺の物語は飛ばされるのだ。ドラクエでも父には
俺には偉大な父と未来を担う息子がいる。それで充分だと自分に言い聞かせている。両親にもらった同等の金銭を家族に与えられない。
これは申し訳ないことだろうか。親父が俺を愛した以上に息子たちを愛することは出来るはずだ……出来るはずだよね。
威厳なんてない。自慢出来るものは何もない。欲しいものもない。捨てるものもない。確かなこともない。充実感も承認欲求もなく、帰り道も知らない。
煮えきれないまま曇り空を見ている俺は、愛されたいと本音を吐くのにも時間がかかるみたいだ。
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