2021.06.20 ファブル昆虫記
「すごい、まじパパ最強。記録じゃない?」
「おおっ、自己新だ」
まさか149ものハイスコアが出せるとは自分でも思っていなかった。ボーリングの話じゃないのが残念だ。
マジックテープをバリバリと剥がしていると起きてきた嫁さんに息子が振り向いて言った。
「凄いんだよ、騒いでいたママの血圧よりパパのほうが高かったよ。
「……何に夢中になってるのよ」
大抵のことには興味のない嫁さんだが、昨晩は珍しく、映画『ファブル』を一緒に見た。血圧を心配しながら。
アクションもさることながら、恐怖感をさそうシーンは見応えがある。耳の穴ギリギリにナイフを突きつけられたり、ごみ処理場のパイプに掴まってこらえるシーンなどは緊迫感があってずっと見ていられる。
恐怖は人間の集中力を高める。スピード感をだすアクションを書くより長く緊張を与える手法をマスターしなければならないと感じる。
つまり緊迫感ある小説なら長編になってもサクサクと読んで貰える可能性がある。バトル・ロワイアルや悪の教典がまさにそれだ。
「やだ、怖い怖い怖い!」
「……」
夢中になっている嫁さんを見ている。ネタバレになるが、幼少期のサバイバル生活をおくる岡田さんの昆虫食シーンに震えた様子。
強すぎる
危なっかしくて見ていられない、ではなく目が離せなくなるのだ。絶対落ちると分かっているし、ギリギリ助かるのも分かっているのに。
意外とコメディ要素も強い。笑ってはいけないと思えば笑ってしまうのが人間である。殺さない殺し屋という設定にも近いものを感じる。
大金持ちなのに貧乏な生活をおくる『星の王子ニューヨークへ行く』や男なのに女装して家政婦になる『ミセスダウト』にも共通するコメディの面白さがあるのだ。
絡まれたチンピラにわざと殴られるフェイタス、もといファブル(笑)。芝居で鼻血をだし路地に倒れると、ヒロインがそっとハンカチを出してくれる。
大金持ちのエディマーフィーにハンバーガーを奢ってくれる貧しいヒロインも同じだが、立場を隠している主人公に真実の愛や優しさを与え、導いてくれるという物語なのがよい。
嫁さんが夢中になるのも分かる映画だ。人は内面で感じていることと逆のことをしてしまう生き物だからかもしれない。
だとしたらこの発言や文章も逆の意味があると思うだろうが、逆の逆になるから受け入れてくれて大丈夫だ。意味がわからなくなってきた(笑)が、つまりファブルのような設定は上手いのだ。殺さない殺し屋、これに尽きる。
「じゃあさ、まーきの♪ ってやつ笑わないで真顔でできる?」
「出来るでしょ」俺は息子の顔をじっとみて言った。「小栗旬のやる花沢ルイの真似する小幡のお兄さんのやつでしょ。余裕で出来るわ。いくよ、まーきブッハッ、ゲホゲホッ!!!」
「アハハハハ」
「ブハハハ、無理だっ、できない!」
「ママやってみてよ」
「……何に夢中になってんのよ」
逃げるように台所へ向かう嫁さんの頬は、弛んでいて今にも吹き出しそうな顔に見えた。ともあれ梅雨入りの気まぐれでイライラしがちな時期はすぐに終わるはずだ。
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