2021.05.18 ケーキが食いたいだけ
「餃子四人前と回鍋肉、買ってきたよ」
「遅かったわね」
待ちわびていた惣菜を並べながら、嫁さんは言った。腹をすかせた子供たちは文句を言いながらご飯を盛り付けていく。
「まじで遅いよね、パパだけ食ってるんじゃないかと思った」
「まさか30分も待たされるとは思わなかったよ。出前館とウーバーが来てたからかも」
料理やテイクアウトで長い時間を待たされるのは惨めな気分になるが、仕事で待たされるのはもっと惨めだ。
接客中の社員を気長に待ったり、アポイントがあるのに待たされたり。商品の入荷を待つこともあるし集荷が遅くて会社が閉められないことだってある。それは惨めなものだ。俺が舐められてるのはよく知ってる。
人生は短く、待つことは辛い。だから出前館やウーバーで働く人たちの人生は辛いに決まってる。少なくとも俺はそう思っていた。
「ひとこと言ってやれば良かったのに。30分もかかるって聞いてないぞって!」
「もちろん言ったよ、一言」
「なんて?」
「ど、どうもって」
「……使えねーっ(笑)」
腹が減ってこんなことを言っているが、いつも待たされる身にもなって欲しい。外で待たなくちゃならないし、何人前も運ぶ肉体的な苦労もある。そんな人たちに比べたら少しくらいは後回しにされて待たされても仕方ない。
「でもウーバー、時給1,200円位らしいよ」
「えっ!? パパの人生のほうが惨めかも」
「アハハハハ」
実際のところ一軒四百円を効率よく廻るらしく、一時間で三軒まわるのが普通らしい。稼ぐ人はスナイパーのように待ち伏せを苦にしないゴルゴ13タイプかも。
翌日は楓ちゃんの誕生日だった。朝から洗濯や洗い物を済ませてケーキでも買いに行こうと思って待っていた。何かプレゼントも買いたいと思っていた。
だが待てど暮らせど誰も起きては来なかった。テストが近いらしく勉強していたとか、昨日のバイトで疲れていたとか。
嫁さんはケーキにも好みがあるから、楓ちゃんの都合のいい時間に一緒に行こうと言った。昼まで待つと、今度は昼飯を買ってきて欲しいというのでコンビニへ買い出しに行った。
昼飯が終わり、今度こそケーキを買いに行こうというと食後にすぐには動きたくないから夕方にしようと言われる。
「また待つのかよ。俺の
「へぇ、仕事のことなんて忘れたら?」嫁さんのアドバイスは冷たかった。「私の人生はね、急かされる時間ばっかりよ、あなたに」
おなじ
「気を使ってるのは無駄だったの? こっちはいつも待たされるの我慢してるんだけど」
「はあ!? 何それ、傷つくわ」
「アドバイスしようか、忘れたら?」
「……そんなアドバイスを誰が喜ぶのよ。あっ、私が言ったの返しやがったわね」
夕方に嫌々な気分で楓ちゃんと嫁さんを乗せてケーキ屋へ車をだすと、何故かギスギス感が増していた。
「勉強してたの? ベッドにずっといたみたいだけど(笑)」
「うるさいな。何か車内が臭くって気持ち悪い。パパ、ちゃんと風呂入ってないでしょ。タバコ臭いのと廃棄ガスも臭い」
「うそ、匂う?」
「うん、吐きそう」
ただ娘の誕生日をいつものように祝いたかった。蝋燭をつけたりハッピーバースデーで歌って写真を撮りたかっただけなのに、その日に限って馬鹿にされている気がして不愉快だった。
ケーキ屋の駐車場は満杯、夕方だからお目当てのケーキは売り切れ。クラクションは鳴らされるし、娘は帰りたいと言い続ける始末。
「こっちのチーズケーキは?」
「同じこと二度も言わせんな。好きなケーキはないっつってんじゃん」という娘。
「じゃあ、もう車にいるね。俺、はじめからケーキが食べたかったわけじゃないから、もういいや。パパの分は夕飯もいらないから」
「すねちゃったよ。いい年こいて」
「……」
二人を家に下ろして一人で出かけた。娘の誕生日は忘れてドン・キホーテとイオンとハードオフを見て一人で楽しく過ごした。
好きなパンと以前から食べてみたかったオートミールってやつを買ってみた。外国人が食ってるのを見て不味そうだと思っていたが、甘いパンと食べたら意外と美味かった。
普段はコーヒーだが今日だけは炭酸入りのソーダを飲み、タバコを吸ってジョージ・R・R・マーティンの短編集を読んだ。
仲直りは明日でいいと思った。少しは待たせてやりたい気分だった。部屋から戻るとケーキが用意されていたので即効で仲直りした。
どうやら俺はケーキが食いたいだけだったようだ。娘の残りも食べたしプリンも食った。それで全て解決した。
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