2021.04.11 役立たず

「もしもし、お爺ちゃん? バイトで稼いだからご馳走しに行くよ」


 楓ちゃんは嫁さんの実家に電話していた。今は明るく落ちついた声で義父と話している。バイトから帰るなり嫌な客とキツいシフトの愚痴をまくし立てた後だった。


「なんでも大丈夫だよ。焼き肉でもお寿司でも高級フレンチでも。えっ? 牛丼は安すぎるから駄目だよ。優しいんだなぁ、もう」


「うんうん。じゃあゴールデンウィークに泊まりで行くからよろしくね」


 つい、さっきまで……まだ新人マークが付いたアルバイトの制服を着たまま、楓ちゃんはヒステリーを起こした子供のように声を荒げた。まだ子供だけど。


 ベテランの居ない土曜日にたった三人でホールを回さなければ成らなかったらしい。待たされた客に直接文句を言われたらしい。


 飲食店でのクレーム対応は大変な労力だと思う。腹を空かせた紳士や酒を飲んでる聖人なんていやしない。


『さっきからずっと待ってるんですけど』


「申し訳ありません。すぐにご案内します」


『あのさ、直ぐに案内出きるなら何でずっと待たされなきゃならなかったわけ?』


「……はい、すみません。今テーブル片付けてますので」


『注文表にサラダって書いたらサラダ巻きが来たんだけど、普通のサラダ頼んだんだけど』


「申し訳ありません。当店ではサラダはメニューに御座いません」


『だったら確認するべきじゃないの。サラダ巻きですかって一言あってもよくない?』


「はい、すみませんでした。注文を受ける者にもよく伝えておきます」


『もういいよ。サラダ巻き食うよ』


「ありがとうございます」


 派遣社員はテーブルを消毒するのに何分も時間をかけていたらしい。他の店からヘルプで来ていた割にはレジや案内が出来ない役立たずだったそうだ。


 親子ほど離れた派遣社員に丁寧に仕事を教えながらクレームさえも自分で受けに行って、何とか一日を終えたそうだ。


 いや、娘ちゃんは派遣社員を使えないとか、役に立たないとは言っていない。むしろ自分がその人の役にたとうと頑張ったのだ。


 そして最後には、ついに客の冷たい言葉に心が折れたようだった。家に着いたときボトルのコルク栓が弾けとんだように声を上げた。


 泣き出して、猛々しい目で俺を睨んだ。「もう、バイト辞めたい! 何で私が二倍も三倍も働いて一番不幸な目に合わなきゃいけないの。どうしてゆっくり仕事してる人の世話しなきゃいけないの!?」


 立ったまま震えていた娘ちゃんに俺は何と言えば良かったのだろう。


「……三ヶ月のアルバイトでもう気付いちゃったか。この社会では仕事が出きる人ほど、しっかりした人ほど損な役が回されるのを」


「もうやだ。ベテランは平日にシフト入れるし、ゴールデンウィークなんか全部休みますとか言ってるんだよ」


 なんて狡猾なんだろう。一番忙しい時期、一番の稼ぎ時に休みたいというベテランがいるのか。俺は派遣社員に年末年始とゴールデンウィークに休みたいと言われたら想像するだけで泣ける自信がある。


「パパにはサービス業の挨拶とか仕事のアドバイス貰ったから言いたくないけど、仕事が出来ないほうが良かったって思ってる」


「……!」


 世の中がぬるま湯になってるせいで、真面目にやらない奴が勝ち組になる世の中。一生懸命やる人ほど嫌な役回りがくる仕事。


 実は仕事していて一番辛いのは、この温度差だ。仕事にプライドが持てないことだ。こうすれば良くなるとか、現状じゃ駄目だと声をあげたとしても聞いては貰えない。


 むしろ一人で何を騒いでるのか理解すらされない。現状にすら気付きもしない連中に先の話をしても通じるはずもない。


 まずは意識を変革? 同じ社員や同僚に私はあなたの敵ではないんです。あなたの仕事の仕方を否定する気はありません。あなたの味方だから安心してください。


 そこまで言わないと発言すら出来ないほど誰もが自分の仕事に口出しされることを拒む。これは効率化を求めて管理職や監督する立場の人間が居ないか腑抜けなのが原因だと思う。


 俺には娘ちゃんに的確なアドバイスは出来ない。だから娘ちゃんは、もと大会社の営業部長をしていた義父に相談したのだ。


「うん、わかった。そうする」そう言って電話をきった娘は笑っていた。

 

「すぐバイト辞めろってさ。ゴールデンウィークに実家に行くのに、コロナになったら大変だからなるべく早く辞めてくれって」


「……そ、そうだね」


 そのアドバイスだったら、出来たような気がする俺だった。一番役立たずなのは多分俺でした(∩´∀`)∩。

 

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