2021.04.03 ソースを駆けるよだか
「焼きそば作ってあげようか」
「買ってきたほうが早くない? ダイエーのデッカいアイスも買えるし」
「ありえないんだけど」楓ちゃんは台所から苦笑まじりの渋面を見せた。ハイキューのコミックを大人買いしに古本屋に行きたいというので、夕飯も食べずに出掛けてきた夜だった。
嫁さんは残業で遅くなるため好きなものを食っとけと連絡がきていた。子供たちは二人で仲良くラーメンを食べてきたので、さほど腹は減っていない様子。
俺だけが腹を空かしているという珍しい状況。それでも何故か娘ちゃんに作って貰うのは気が退けた。
「あのね、そういうとこあるよね。パパ、世間の女子高生は父親に飯は作らないし、会話は半年に一回だし、洗濯物は分けるし、一緒に漫画を買いに行くなんてことは有り得ないんだよ。知ってるのかね、このありがたき幸せが」
「あ、ああ。悪いかなって思っただけだよ。作ってくれる、焼きそば」
娘ちゃんと『
だが流石は愛されキャラあゆみ。幼なじみの火賀くんだけは仕草や字体で中身の入れ替わりに気付いてくれる。
彼氏があゆみに言った告白の言葉なんかをすらすら言うと……ストーキング・オブ・キング・オブ・ブス・オブ・ザ・ワールド。気持ち悪すぎてむしろ笑える。
いや、泣ける。信じる信じないの問題ではなくキモいのはよく分かる。そこで誰も味方の居ない海根を信じ、守る火賀くんの物語が始まる。ここからが最高に面白い。
見た目をお構い無しに海根を愛する火賀の姿勢、自分だけは何があろうがあゆみを信じるという真っ直ぐな恋心。そして事実が証されていくなか彼氏しろちゃんのとる行動。
「前の回で大嫌いになったキャラが、この回を見たら大好きになったりするでしょ?」
勧めてきた楓ちゃんは目を輝かせ、俺に面白ポイントを話してくれた。
「そうそう、あと誰も信じないのに火賀くんだけは気付いてしまうとこ。あれ、なんで火賀はそんなに信じられるんだってなるのが気持ち良すぎるよね。愛ゆえの確信というか」
「そうそう、人は外見じゃない。立場とか見た目なんか替わっても想いは通じるんだって、すごく感動するよね。漫画も読んだほうがいいよ……ちょっと待って、今何した?」
「はい!?」
焼きそばを半分食べたところで、残った野菜にブルドック中濃ソースをかけていた俺は、無意識だった。
「味付けしてあるものにさ、ソースかけちゃうとこ、本当に意味分かんないんだけど」
「ああ、キャベツ味しないから」
「ほらね、パパって本当に最低」
帰宅した嫁さんが自分のおかずを用意して食卓に現れる。状況を察して楓ちゃんに加勢する。
「そういうところあるのよ。そこにソースがあるから何も考えずにかけるんでしょ。味覚がおかしいのか味に文句あるのかわかんないけど、作る気なくなるよね」
「デリカシーがないっていうか、そういうところがやっぱり駄目人間っていうか、キモイっていうか臭いっていうか、おっさんっていうか糞そのものだよね」
「えっ……糞そのものなん?」ソースかけた人間はみな糞そのものなんですか。ついさっきまで人は外見が変わっても中身を見て愛することが出きるっていうドラマの話をしてましたよね?
「じゃ、じゃあ何だ、マヨネーズだったら良かったわけ?」
「はあペヤングならマヨネーズもありだけど、普通マルちゃんの蒸し麺にマヨいかないんだよなぁ」
「ねっ、パパって最低だよね。まずはごめんなさいするべきよね」
「はう、酷いっ! たかだかソースかけた位で何で謝んないといけないの。今度の赤月の日に入れ替わってやるからねっ」
「はあ!?」娘ちゃんは氷のような微笑を浮かべて俺に言った。
「そんなこと出きるわけないじゃん。今まで散々幸せな人生送ってきたんだから、ちょっと苦しみなよ」
その台詞には聞き覚えがあった。俺は気付いてしまったのだ。彼女の中身が海根然子だということに。
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