2021.02.18 廃休部

 嫁さんは最近よく自宅で仕事をしている。テレワークというやつだ。パジャマのままでテレビを見ながらコーヒーを飲んでいる。


「ただいま」


「楽してると思ってるみたいだけど、全然違うから。見たい資料とか見れないし、電話だってかかってくるんだからね」


「誰も楽してるなんて思わないよ。もしそう思ってるひとがいるとしたら、それは君だ」


「ふうん、ちゃんと王将でおかず買ってきてくれた? 颯ちゃんは餃子15個食べるから」


「ああ、これ」


 寒くて並ぶから嫌だ、とは言えない。慣れない自宅勤務は色々とストレスが溜まり大変だそうだ。家から出ちゃいけないなんて決まりはないはずだけど。


 不景気にもがき、ストレスで体調を崩す販売員さんの愚痴、返品の山、イラついた上司の顔を見ないですむだけで羨ましいけど。


「意外と仕事がはかどるでしょ。通勤電車が無いだけでも、ストレスが減るじゃん。でも人間には適度なストレスが必要らしいから、逆にうまくいなかいかな」


「はあ? 楽なわけないでしょ。今日もすごく疲れたわ、肩が凄く痛いからアマゾンで本買っちゃったくらいよ」


 テーブルには『肩が痛くなったら読む本』というタイトルの本が置いてあった。俺も肩が痛くなったら読んでいいそうだ。


 心理学的な見方をすれば、人間には適度なストレスが必要で、仕事に関しても同じことがいえるらしい。


 苦難に追い込まれたり、精神的なストレスがあったほうが発想が豊かになり仕事効率が上がる。俺も忙しい時期のほうが小説を書いたり読んだり、色々とはかどった気がする。


「パパ、食べ終わったからハイキューのアニメ見ようよ」


「うん、見よう見よう」


「いいわね、お気楽で。ちょっと疲れたから横になってくるわ」


 毎話毎話、ちゃんと面白いアニメ「ハイキュー!」である。ほとんど毎日、子供たちと見るので、もはや烏野高校バレー部に所属しているのではないかと錯覚している。


「今日も二話だけ見ようか。でも疲れたなら明日にしてもいいんだよ」


「パパ、1日休むと取り戻すのには3日かかるんだよ。ちょっとだけでも今日見よう」


 これは運動部あるある。1日練習を休むと筋肉が衰えて、取り戻すのに3日かかる。すっかり部員みたいな口をきく子供たち。洗脳されてるんじゃないか心配になる。


「そうだな。何か毎日見てると死ぬ時に自分の思い出よりバレー部で過ごした青春の日々を見そうだよ、走馬灯で」


「何か問題でも? パパの場合はそのほうがいい死にかただよ」


「……いや、問題があるのはお前だけどいいや。三話見ちゃおうかっ!」


「あざーす!」


 バレーボールというスポーツがこれほど奥深いと教えてくれるアニメはアタックNo.1以来ではなかろうか。


 三位一体とか木葉落とし、一人時間差攻撃といった多彩なプレイを思い出す。ストーリーはまったく思い出せないが面白かったような気はする。


 必殺の連携技、チームワーク、長いトスでのリズム作りやブロックの駆け引き。スピード感溢れる即効を、地面ぎりぎりで受けたかと思うと、空中戦ドッグファイトのようなフェイントの嵐。カッコいい!!


「実際のバレーボール見たくなるね。オリンピックとか楽しいかも。颯ちゃん、サッカー以外だったらバレーが、見たいんじゃない?」


「YouTubeで試合見たけど、何かつまんなくって見てらんなかった。スローモーションになって解説とか回想シーンとか入らないし」


 そりゃ入らないわな。どんなスポーツでもそれを期待したら駄目だ。バレー自体が面白いのではなく、試合での緊張感や駆け引き、強い相手にチームで勝つという物語が面白いのだろうけど。


 確かにスポーツ漫画は数あれど、そのスポーツ自体が面白いとは限らない。現実的にルールガチガチにやってると思った瞬間、見る気がなくなることもある。


 ジャンプの三大原則を忠実に守っているとも思える。下手なファンタジーやアクション漫画よりはるかに。


「うわーっ、全国大会とか超緊張するよ!」


「サーブとかすげービビるよねっ。すごいストレスだと思う。がんばれー!」


 盛り上がって笑っている子供たちを見るのは幸せだった。爽快な物語に感動していた。俺のみじめで情けない仕事でのストレスなどハイキューが消し飛ばしてくれた。


「……ありがとうって、言いたい」


「どうしたパパ?」


「世の中がこんなでも、本当に辛い状況が続いても大丈夫。逆に適度なストレスを与えてくれてありがとうって言いたい」


娘「……お風呂とお皿洗ってね。あと口が臭いから喋んないでね」


息子「牛乳持ってこーい!」


「……あ、ありがとう、適度なストレスっ」




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